アリスの流儀 ~脳筋バーサクJSは魔法少女となり全ての理不尽に立ち向かう~
小野山由高
第1章 魔法少女 -Hello, brave new world-
第1章1話 冠城りょうの最期
* * * * *
これは――今度こそ死んだかな。
地面に仰向けに倒れ、夜空を見上げながら私はそんなことを思う。
もうすぐ死ぬだろう。そんな実感がある。全身はもう言葉に出来ないほど痛いし、血が一杯流れているのであろう、体から『熱』が無くなりひたひたと死の足音が近づいてくるのが聞こえてくるようだ。
別に冷静なわけではないし、自分の死を受け入れているわけでもない。ただ、今までの人生でも病気やケガで何度も死にかけたことがあったため、『あー、ついに来ちゃったかー』って感じなだけである。
これといって死にたいわけではない。けど、いざその時が来たらじたばたしても仕方ないかなって思うくらいだ。
「……ごほっ」
何でこんなことになったんだっけ?
そう呟いてみようとしたけど、上手く喋れない。口を開こうといただけで全身が更に痛み、口から何か――多分血かなぁ……――があふれ出してきて言葉にならない。
ああ、息苦しい。というか、苦しい。さっさと終わるなら終わって欲しいなぁ……。
そんなことを思いつつ、何でこんなことになったかを死ぬのを待つ間に思い返してみた――
* * * * *
「りょうちゃんさんってば!」
「……ん」
私――
「あ、ごめん。寝ちゃってた」
うっかり眠ってしまったようだ。隣に座る彼女の肩にがっつりともたれかかっていたことに気付き、姿勢を正す。
えっと……今は、帰りの電車の中だっけ。運良く座れたので二人並んで座って……それで私は眠っちゃったのか。
彼女は私の会社の後輩だ。同じ方向の電車だったので一緒に帰っていたんだった。
「んふー、別にいいですよー。りょうちゃんさんの寝顔とか、超レアなもの見れましたし」
どこまで本気かはわからないが彼女はそう言って笑う。
……まだ少し頭がふらふらする。
今日は仕事が終わった後に飲み会があって、そこで飲んだ帰りだったか。
「りょうちゃんさん、大分お疲れのようですね」
「ん、まぁ……ね」
ちょっとどころではなくかなり疲れているんだけど。
なにせ昨日まで徹夜か終電続きだったのだ。疲れていない方がどうかしている。あいにくと私はそこまで体が頑丈なわけではない。こんなに遅くまで残ったり徹夜するくらいなら、ビジホなりカプセルなりに泊まればよかったと後悔しているくらいだ。
とはいえ、その忙しい仕事も一段落ついた。今日の飲み会はその仕事の『打ち上げ』のようなものだ。まだまだ油断は出来ないけど、しばらくは平穏な日々が戻ってくるはずだ。
「次、りょうちゃんさんの降りる駅でしたよね?」
「あ、そうだね。ありがとう、起こしてくれて」
一人で帰らないで良かった。まだまだ終電まで余裕はあるけど、寝過ごしてしまったら面倒なことになるところであった。
私の降りる駅の一個前の駅を発車したところか。次の駅まで2~3分かな。その間にまた寝ちゃわないようにしないと。まぁ、寝ちゃっても、隣に座る女性――私の後輩の、大学卒業したてのまだ新人の娘だ――が起こしてくれるだろうけど。いや、後輩にあんまりみっともない姿は見せられない。手遅れかもしれないけど。
それにしても、今更だけど『りょうちゃんさん』って……まぁ、私の会社の人のほとんどが、私のことを『りょうちゃん』って呼んでるから彼女もそれに倣っているだけなんだろうけど……私の年齢的にもアレだし、後輩にちゃん付けで呼ばれるのも何だし……ていうか、『ちゃんさん』って一体なんだよ。『ちゃん』なのか『さん』なのかどっちかにしようよ。
……って本人に何度か言ったことはあるんだけど、聞き入れてくれないんだよなぁー。私舐められてるのかなぁ? ……まぁ、慕われているんだといい方に解釈しておこう、酔ってるし、正直頭回らないし。
しばらく彼女と話しているうちに私の降りる駅が近づいてきた。
「……それじゃ、私は降りるよ。お疲れ様」
鞄を手に席を立つ。
そんな私の服の裾を、彼女がきゅっと握る。
「……ん?」
「そのぅ……りょうちゃんさん……」
微妙に潤んだ瞳でこちらを見上げる彼女。
……うわぁい、嫌な予感満々!
「……わたし、今日、りょうちゃ――りょうさんの部屋に行っても……」
うん、公衆の面前で何言ってるんだろうね、この娘は。周りの人の視線とか舌打ちとか超痛い。
電車に限らず、人目のあるところでいちゃつくカップルとか、不快以外の何物でもないからね。私と彼女は別にカップルじゃないけど。
私はにっこり笑って彼女の手を断固として引きはがしつつやんわりと、
「明日も仕事だから、夜更かししないで早く寝なさい」
そう言った。
……うん、そうなんだ。実は今日飲み会だったけど、明日はまだ平日――つまりは仕事があるんだよね。何で平日に飲み会なんてやるんだろう……と疑問には思うものの、まぁメンツが集まれる日とか色々あるんだよね……社会人になってもう結構な年数経ってる私は「そういうこともあるよね」で流すようになっているけど。……正直、異を唱えるべきなのかもしれないけど、うん、まぁ……。
私の言葉に不満がありますと言わんばかりに頬を膨らませる彼女だったが、
「……はぁい」
明日のことを思ってか引き下がる。うん、素直で正直な子は好きよ、私。
「お疲れ様ですぅ……りょうちゃんさん」
「うん、お疲れ。それじゃ」
丁度電車が駅に着いた。
名残惜しそうな彼女を振り切り、私は駅のホームへと逃げるように飛び出す。これ以上彼女と話していたらマジで妙なことが起こりかねない。
「その……明日、また会えますよね……?」
なぜだか不安そうに聞こえる声で彼女がそう問いかける。
――その問いかけに、私は言葉で答えずひらひらと手を振って応えるのみだった。
それで……電車を降りて――えぇっと、確か駅前のコンビニに寄って、酔い覚まし用のお水を買って、家に向かったんだっけ。
で、帰り道を歩いていて……。
そうだ。人気のない横断歩道を渡ろうとしたんだった。そこを渡ろうとして、突然強い衝撃を受けて……うん、そして『今』に至るわけか。
――くそ。ひき逃げか。
果たして居眠り運転か酔っ払い運転か、それとも病気の家族の容態が一気に悪くなって急いでいたのか――それはわからないが、私は信号無視の車に跳ね飛ばされてしまったようだ。引いた車は既にその場を去っている。くそったれ。呪われろ。
ああ、くそ。思い出したらちょっとだけ後悔してしまった。
もし――彼女と一緒に私の部屋に向かっていたのであれば、速やかに救急車とか警察に連絡してくれたかもしれない。
……いや、何か彼女の場合、パニックになって何も出来ない気もしなくもない。
はぁ……ともかく、これは今度こそ死んだかなぁ。
即死ではないのが逆に辛い。救急車が早く来てくれたら助かるだろうか? どうだろう……でも、何か全身痛いのすらわからなくなってきた気がする。
走馬灯も特に見えてはいない。
――まぁ、実際死ぬ時なんてそんなもんだよね。
特にドラマティックな展開もあるわけでもなく。天使とか悪魔とかが迎えに来るような幻覚も見えず。
私はただ命が尽きるのを倒れたまま待つのみであった。
後出来ることと言ったら……今までの人生を振り返ってみるとか、思い残したことがないか振り返ってみるとか?
冠城りょう。年齢は秘密。独身。恋人なし。仕事が恋人――いや、仕事嫌いだからそれはないな。
実家から離れて一人暮らし満喫中。
家族は両親、兄、妹。祖父母は父方母方共に亡くなっている。その他親戚は省略。兄と妹は共に結婚している。
趣味は……何だろう。一応読書ということになるのかなぁ。漫画も小説も読むし、特に仕事とかに関係なく適当な専門書(の入門書)を読むこともあるし、特に興味もないのにファッション雑誌を二~三冊程買って読むこともあるし、アニメ雑誌だって読む。新聞は……読書のうちには入らないか。
ゲームは通勤電車の暇つぶし程度にたまにやるくらい。テレビは一人暮らしをした当初はあったけど、今はもう使わないので置いてない。つまり見てない。パソコンも持っているけどあまり詳しくもないし、調べものはスマホで事足りるので今やただのオブジェと化している。
運動、嫌い。学生の頃は一応運動部だったけど、特に成績が良かったわけでもなく、社会人になってからも続けようと思わない程度の愛着しかない。
車の免許は持っているけど運転は別に好きじゃない、というか車持ってない。出かけるにしても近所に買い物に出かけるくらいで、遠出なんてしたくない。旅行とか面倒。
……あれ、意外に私、詰まらない生活してる? 私個人としては特に不満のない生活をしていたつもりだったけど。
後は、何だ。思い残したことか……何かあるかな。
家族には申し訳ないことになっちゃったなぁ。でもしょうがないか……。
他は、うーん……特にないかな……。一番気がかりだった仕事については、まだ残っているものがあるとは言っても一段落はついたわけだし……。後輩のあの娘が心配っちゃ心配だけど、これから経験を積んでいけばいいだけの話だ。むしろ、新人の割には彼女はよく仕事が出来る方だと思う。今後が楽しみだ。きっと私が抜けた穴を埋めるに十分だろう。
……困ったなぁ。普通ならこういう時、「死にたくない」とか色々と思うことがあるんだろうけど、「とりあえず楽になりたい」としか思えないや。何度も言うけど、今まで事故やら病気やらで何度か死にかけたし、「ついに来ちゃったかー」って感じだ。
――諦めが良すぎるんだ、君は。
って私に言ったのは誰だったっけ……? 中学校の担任だったか、高校の部活の先輩だったか。昔付き合ってた人だったかもしれない。あるいはその全員か――
――いいじゃん、別に。どうしようもないことでジタバタしたって、疲れるだけだし。
ジタバタ足掻いたってどうにもならないことはさっさと諦めるに限る。その方が疲れないし、時間も無駄にならない。
今だって私には何にも出来ない。幾ら気合を入れたって、病院で治療を受けられるまで体を持たせられる程の怪我でもないし。
……うん、まぁ仕方ない。
何か見上げていたはずの夜空も見えなくなってきた。
視界が真っ白なのか真っ黒なのかすらわからなくなってきた。
全身痛いのもなくなってきた――これは感覚がなくなっているだけなんだろうけど。つまりは、まぁ、もうアウトということか。
まぁ、幸せで満ち足りた人生とは胸を張って言いにくいけど、後悔だらけの不幸な人生ではなかったかな。「次」があるなら、もうちょっと諦め悪く粘れる性格に生まれてみてもいいかもしれない。
――ああ、そういえば……。
視界もなく、意識も薄れていく中で、そういえば一つだけ心残り……というかやってみたいことがあったのを思い出した。
兄と妹の子供、つまりは私の甥姪を見てて何となくぼんやりと思っていたことだ。
――子供、欲しかったかもね。
それが、私の――冠城りょうとしての最後に思ったことだった。
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