小さな魔女のはじめてのおつかい5

「ディル、送ってくれてありがとう」

 真っ直ぐにディルの黒色の瞳を見つめた。でもディルは少し顔を赤くして、斜め下当たりを見つめた。虫でもいたのかな。

「別に大した距離じゃないからな、お礼を言われることじゃない」

「わたしが言いたいから言うの。ありがとうね、ディル」

 ディルは、顔をリンゴみたいに真っ赤にした。いきなりどうしたんだろう、大丈夫かな。

「……俺帰るから。気をつけて家まで行けよ!」

「またねー」

 すごいスピードで、ディルは町の方に走って帰って行く。ディルが見えなくなるまで、わたしは手を振り続けた。

 ディルの姿が見えなくなった後、わたしはウルとゆっくり森を歩く。段々と霧が濃くなり、前も十分に見えなくなる。だけどわたしもウルも、この霧の正体を知っている。だから迷わず真っ直ぐ家に帰ろうと考える。

 そうすれば少しづつ霧は薄くなり、わたし達の家が見えた。

 家の前にお兄ちゃんがいる。落ち着きがなく、扉の前を行ったり来たりしてるお兄ちゃんは足音に気づいたのか、こちらを見た。

「ルーチェ……!おかえり!大丈夫だったか?怖い目にあってないか、怪我とかもしてないだろうな」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ちゃんと薬納品してきたよ」

 そう笑って言えば、お兄ちゃんにもわたしの笑顔が移った。

「そうか、それなら良かった。そうだ、ルーチェがお使いに行っている間にクッキーを焼いたんだ。食べれるか?」

「クッキー!?食べるー!ウルも一緒に食べよ」

「はい。ご一緒させて頂きます」

 わたし達は笑い合いながら、家に入っていく。

「腕によりをかけて作ったんだ。改めて、今日は頑張ったなルーチェ」

「ご主人様、お疲れ様でした。まだ次の依頼もない事ですし、ゆっくり休んでください」

「2人ともありがとう!それじゃあ……いただきます」

 手を合わせ食べる前の挨拶を口にする。お兄ちゃんとウルも「いただきます」と続いた。

 机の上に置かれていたクッキーはいろんな形があって、わたしは細かいチョコレートが入ったものを、1つ手に取った。

 ぱくりと1口食べたら、甘くてとっても美味しい。

 ウルもお兄ちゃんもクッキーを手にして、食べて、笑っていた。

 いつか、わたしがお母さんみたいな偉大な魔女になった時も。こうやって笑いあっていたいなと思う。その頃にはお料理もできるようになってたらいいなぁ。お兄ちゃん教えてくれないから、モルファさんに言ってこっそり料理の本借りようかな。

「どうかしたのか、ルーチェ」

「え?……えーと。つ、次の依頼早く来ないかなと思って。その、依頼はずっと来てないでしょ」

 お料理のことを隠すため、ぱっと思いついた言い訳。でもとっさに出てきたそれは、ずっと気にしてたこと。ある程度の依頼をこなさなきゃ、正式な魔女にはなれないから。

「大丈夫だ。きっとすぐに次の依頼が来るよ」

 優しい声色だった。きっと安心させようとしてるんだろう。わたしもお兄ちゃんに、これ以上心配をかけたくなくて笑って返す。

「うん、そうだよね」

 立派な魔女になれるか、不安なわたしはまだ知らない。数日後に王宮から依頼が来ることを。そこから始まるこの世界の中で巡る、魔王の物語を。

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偉大な魔女になる予定の小さな魔女はみんなから溺愛されています! かほのひなこ @kahonohinako

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