8 再会

 朝の支度を終えて、オオカミの人形をランドセルにこっそり入れる。


 あれがただの夢だとは、どうしても思えない。リアルな夢というオチだと恥ずかしいけど、でも持ち出さずにはいられなかった。


「いってきまーす!」

「気を付けていってらっしゃい」


 家を出ると、空は雲ひとつないいい天気だ。


 通学路を歩いていると、自然とライガくんの姿がまぶたの裏で動き始める。途端、心臓が「ここにいるよ」と急に主張を始めた。


 今朝から、ううん、多分昨日の夢の中でライガくんに助けてもらった時から、彼のことを考えると心臓が跳ねるようになってしまった。


 これってもしかして噂のあれかな。相手は夢の中であった人形の男の子なのに。


「落ち着け私!」と両頬をパンと叩く。すると、通学路を行く他学年の女の子たちがギョッとしたように私を見た。うわ、恥ずかしい。


 別のことを考えなくちゃ。私は今朝の出来事を思い返した。


 どこを探しても、結局オウジくんはいなかった。動けない人形が部屋から消えちゃうなんて、ホラーみたいだ。


 それと、不思議なことがもうひとつ。


 昨日はちっとも思い出せなかった人形をくれた男の子のことを、今は少しずつ思い出してきていた。


 小さい時の話だからはっきりとは思い出せないけど、確かに私には大好きな男の子の友達がいた。怒りん坊で泣き虫の、可愛い男の子。


 オオカミの人形は、彼が私にくれた物だった。私は代わりに、一番大切にしていた赤ずきんの人形を彼にあげた。


 その後は、オオカミの人形を他の人形と一緒にベッドに並べて寂しさをまぎらわしていた。前回のクリスマスまでは、確かに全員一緒だったのに。


 ――オウジくんが来てから、いつの間にか順位ができておかしくなっていたんだ。


 寝て起きたら、なんであんなにオウジくんがよかったのか思い出せなくなっていた。それに気付くと鳥肌が立って、思わずぶるりと震えてしまったのだった。



 教室に入ると、クラスメイトは今日来る転校生の話題で持ちきりだった。


「職員室に入っていくの見たんだけど、格好よかったよ!」

「でも遠くからでしょ?」


 女子の期待値は高そうだ。男子は男子で、休み時間のサッカーのチーム分けが偶数になるって喜んでいる。


 チャイムが鳴り、しばらくして先生が教室に入ってきた。


「みなさんおはようございます。出欠の前に、今日は転校生を紹介します」


 教室が期待にざわめく。


「ほらみんな、落ち着いて。――反町くん!」


 先生は苦笑すると、廊下にいるらしい人物に向かって声をかけた。


 反町くんと呼ばれた人物は、教室のドアを潜ると先生の横に立ち、不安そうに教室を見渡す。


 ――え。


 涼しげな格好いい顔をした男の子と、バチッと目が合った。


 途端、転校生の彼の顔に嬉しそうな笑みが咲く。


 彼の声が響いた。


「――モモ!」

「うそ、ライガくん……?」

 

 そう、今日転校生として私のクラスにやってきたのは、耳も髭も恐ろしげな牙もないけど、確かに夢の中で私を大好きだと言ってくれたライガくんだった。


 教室内が、ザワワ、とざわめきに包まれる。「えっ知り合い?」とか「モモって呼び捨てした! どういうこと?」と騒ぐクラスメイトたち。


「みんな、静かに! しーずーかーに!」


 先生が大きな声で注意すると、しばらくして教室内は静かになった。先生はコホンと咳払いをした後、ライガくんに声をかける。


「ええと……それじゃあ反町くん、自己紹介を簡単にお願いします」

「はい」


 ライガくんは私から目を逸らさないまま、興奮が見える嬉しそうな表情ではっきりと言った。


「昔この辺りに住んでいて、六年ぶりに戻ってきました。反町そりまち来賀らいが、モモの彼氏です」


 よろしくお願いします、というライガくんの言葉は、最後まで聞くことができなかった。


 ドワアアッ! と教室内がく中、「チッ」という舌打ちのような音が聞こえた気がした。だけど、友達のひとりが私の肩を揺さぶったことで記憶からこぼれ落ちる。


「ちょっとモモ! どういうこと!」

「え、ええと、えへ……っ」


 嬉しいやら恥ずかしいやらで、全身が熱い。多分、私の顔はゆでダコみたいになっているんだろうな。


 教室の大騒ぎは、一時間目の授業開始を告げるチャイムが鳴り響くまで止むことはなかった。



 みんなからの質問攻めの一日が終わり、私とライガくんは茜色の通学路を並んで歩いていた。


 ライガくんが、照れくさそうにはにかむ。


「いきなりごめんね。同じクラスになれると思ってなくて、嬉しくて言っちゃった」

「う、ううん、大丈夫」


 ライガくんが隣にいる。それだけで心臓が痛いくらいに飛び跳ねていた。


「モモ」


 ライガくんの真剣な声が聞こえて、ライガくんを振り向く。


 ライガくんは道路にランドセルを下ろすと、中から袋に包まれた赤ずきんの人形を取り出した。


「わ、私も持ってきた!」


 私も慌ててランドセルを広げてオオカミの人形を取り出すと、二人でしゃがんだまま微笑み合う。


「夢じゃなかったんだ……」


 私の言葉に、ライガくんが頷いた。


「夢だったらどうしようって、今朝までずっと不安だったんだ。モモにちゃんと会えてよかった」


 とくん、とくん、と私の心臓の音は今もうるさい。


 夕日に照らされたライガくんの顔は、赤い。夕日のせいだけじゃないと思っても、いいのかな。


「――モモ」

「は、はい!」

「改めて言うね。俺の彼女になって……くれる?」


 心臓が口から飛び出しそうだ。


 でも心臓の代わりに出てきたのは、「お、お願いします!」というひっくり返った声だった。


「……よかった」


 ライガくんが夢の中と同じように優しく笑うので、ライガくんを笑顔にさせてあげられたのが嬉しくて、私も笑った。

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夢で出会ったオオカミ人形くんは赤ずきんな私が大好きみたいです ミドリ @M_I_D_O_R_I

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