7 星空

 一緒に行くと思ったのに、ライガくんは首を横に振ってしまった。


「俺はここであいつらを食い止める。あの王子人形がどうも怪しいんだ」

「あ、怪しい?」

「うん。他の人形たちを操っているのはあいつじゃないかと思うんだ」

「そんな……!」


 でも考えてみれば、クリスマスのプレゼント交換でもらった何の変哲もない人形なのに、何で他の人形よりも大切にしたんだろう。


 それまでは、みんなベッドの上に一緒だったのに。いつから一番のお気に入りと二番、それ以外のお気に入りができたっけ。


「さあ、モモ! 行って!」

「ライガくん!」


 ライガくんが、私の手を離した。森の奥から、「モモちゃんはどこだ!」「オオカミはどこだ!」という怒鳴り声が響いてくる。


「早く!」


 ライガくんが背中を押すので、私はもう一度、心から謝った。


「ライガくん、忘れてしまっていてごめんなさい! あなたのこと、絶対捨てないから! どんなにボロボロになっても、一生大切にするから!」


「モモちゃんはどこだ!」「こっちじゃないか!」という声がすぐそこまで近付いている。


 ライガくんは嬉しそうに微笑んだ。


「そうだモモ。お願いがあるんだけど」

「うん、聞くよ! なに!?」

「あは、まだ言ってないよ!」


 ライガくんが大きな口を開けて笑うと、ギザギザの牙が見える。だけど全然怖くなんかない。優しい言葉が出てくる、優しい口だから。


「ランドセルにオオカミの人形を入れておいて」

「え?」

「離れ離れだった赤ずきんと会わせてあげたいと思わない?」

「――うん!」


 やっぱりよく分からないけど、約束だ。お母さんに見つからないよう、こっそり忍ばせていこう。


「ライガくん! 大切にするから!」

「あは、嬉しいけど照れるな。でもありがとう、モモ」


 ワアアアッ! と騒ぐ人形たちの声は、すぐそこに迫っていた。


 ライガくんが私の背中を強く押す。


「モモ、大好きだよ! ずっと好きだった! 再会してもやっぱり好きだ!」


 優しくて格好いいライガくんに言われて、こんな時なのに頬が緩んでしまった。


 でも、私も伝えなくちゃ。


「私も大好き!」

「――やったあ……っ」


 ライガくんの声が耳に届くのと私が星空に飛び込むのとが、ほぼ同時だった。落ちるように空を飛んで行くと、私の部屋が見えてくる。


 後ろからは人形たちの声が聞こえなくなり――。


「モモ、朝よ」


 お母さんがカーテンを開けると、眩しい朝日が私の顔を照らした。


「寝相が悪いわよ。人形が落ちちゃってるじゃないの」


 お母さんが笑うので、ベッドの下を覗いてみる。


 すると、私を追いかけてきていた人形たちが、床に転がっていた。その中に、オウジくんの人形はない。


 そして、オオカミの人形も。


「お母さん、オオカミの人形、まさか捨てちゃった!?」


 それとも、まさかみんなにやっつけられちゃったんじゃ!


 私が泣きそうになっていると、お母さんは苦笑しながら枕元を指差した。


 オオカミの人形は、私を守るように枕の上に座っていた。


「よかった……!」


 オオカミの人形を抱き締めると、お母さんが他の人形を本棚の上に並べていく。


「……お母さん、やっぱり人形は捨てたくない」

「……うん。じゃあ次からは、ひとつだけじゃなくて全部を大事にしなさいよ」

「うん、約束する……!」

 

 急がないと学校に遅れるよ、というお母さんの声を聞きながら、私はオオカミの人形をしばらくの間抱き締めていたのだった。

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