4 オウジくん

 廊下を進むと、別の豪華な広間に到着した。


 長いテーブルの上には、おいしそうなお菓子が沢山並べられている。ウエディングケーキみたいなケーキや、色鮮やかなクッキー、それにチョコレートの滝もあった。


 辺りは甘い香りが充満じゅうまんしていて、いつの間にか口の中に溜まっていたツバをごくりと呑み込む。


「うわあ、おいしそう!」


 オウジくんは私の隣に立つと、笑顔で私を見下ろした。


「全部モモちゃんの物だよ」


 人形たちが楽しそうに跳ねる。


「モモちゃん、食べよう食べよう!」

「う、うん!」


 外にいる筈のオオカミ人形のライガくんのことが、まだ気になる。後で「お菓子があるよ、一緒に食べよう」と誘ってみたらどうかな。


 人形たちがお菓子が乗ったお皿を渡してくれたので、まずはいただくことにした。


「――おいしい!」

「モモちゃんの笑顔が見られて嬉しい。用意してよかった」


 オウジくんが嬉しそうなのに加えて、私を取り囲む人形たちが次から次へとお菓子を持ってくるものだから、つい食べすぎてしまう。


「う……く、苦しい」

「モモちゃん? 大丈夫?」


 オウジくんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「ご、ごめんね。食べ過ぎたみたい」


 それにちょっと眠い。もう十時も過ぎてたしと思って、変に思った。夢なのに眠い? どういうことかな。


 あふ、と耐え切れずにあくびをもらすと、オウジくんが微笑ほほえむ。


「……それは大変だ。それに随分ずいぶんと眠そうだね」

「ごめんね、食べ過ぎたら眠くなっちゃったみたいなの」


 オウジくんは笑顔のまま、自然に私の肩を抱いた。


「じゃあ、モモちゃんの部屋に行こうね」

「私の部屋?」


 一体どういうことかな。首を傾げると、オウジくんはうっとりとした表情で答えた。


「未来のお妃様の部屋さ。モモちゃんは僕のお嫁さんなんだから」

「え? どういうこと?」


 言っている意味が分からなくて、聞き返す。オウジくんの腕に力が込められて、掴まれた肩が痛い。


「言葉通りの意味さ。僕とモモちゃんはこの後結婚する。豪華な結婚式にしようね。そしてこの城でこの先も永遠に一緒に面白おかしく過ごすんだ」

「え、ちょっと待って、私は」


 オウジくんの顔は、笑っているのに何だか怖い。オウジくんの腕の中から出ようとしたけど、強く掴まれていてできなかった。


「モモちゃん、私たちとずっと一緒にいよう!」

「ここにいたら、捨てなさいってお母さんに言われないよ!」


 人形たちが、私とオウジくんを取り囲む。


「モモちゃんが大人になって僕たちを捨てるのは嫌だよ!」

「捨てないでモモちゃん!」

「ちょ、ちょっと待ってってば……!」


 どうしよう、何だかみんなが怖い。もしかして今日「どの子を捨てようかな」と悩んだから、怒ってるのかな。


 急に家が恋しくなってきた。


「ご、ごめんみんな。でも私、おうちに帰らなくちゃ」


 私が言った瞬間。


「モモちゃんはオウジくんと結婚するんだ!」

「モモちゃんは私たちの仲間になるんだよ! お妃様の人形だよ!」

「ここにいれば捨てられないよ!」


 人形たちは目玉をひんくと、ジリジリと私に詰め寄り怒鳴った。


「ま、待ってよみんな! 捨てないから、だからおうちに帰して!」


 モモちゃん! モモちゃん! と怒鳴る人形たちに恐怖を感じて、何も言わない隣のオウジくんを振り向く。オウジくんなら私の話を聞いてくれるんじゃないかと思って。


 でも、違った。


 オウジくんが、真顔で口だけにっこりする。


「モモちゃん。僕と結婚して、ずっとここで一緒に暮らそう」

「……オウジくん……!」

「僕の可愛いお嫁さん、逃さないよ」


 オウジくんが、怖い笑顔で言った。

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