終章②
武満の運転で到着したのは大きな屋敷だった。人通りの少ない門前に車を停めて降りる。
「ここは?」
堂々たる門構え。万里小路邸の門よりはるかに立派で華奈恋でさえも圧倒される。
「祖父の家だよ」
「千里小路様の?」
「おいで」
先導する武満について行く。
風に乗って花の香りがした。すぐ目の前には色とりどりの花が咲き乱れている。
「わあ、素敵な花畑ですね」
「そうでしょう。僕のお気に入りの場所なんだ」
「ではこのお花は武満さんが?」
武満は違うというように首を横に振る。
「ここを管理していたのは樒だよ」
武満はどこか遠くを見るように花畑に視線をやっている。
「僕は樒から花について色々学んだし、樒から花への愛情も感じていた。なのに……」
「お慕いされていたのですね」
「兄のように思っていたよ」
武満が悲しそうに笑う。華奈恋は上手い言葉が見つからず口を引き結んだ。
「祖父の従僕で、花の管理をする優しい人だと思っていたのだけど、僕には見せない一面があったのだろうね。松若證さんとやり合う姿は常人のそれではなかったもの……」
「武満さん……」
「屋敷の方は父の兄が住んでいるんだけど、ここの管理だけは僕に任せても良いって言われているんだ」
武満が明るい声を出して雰囲気を変える。
「ねえ、華奈恋さんも――」
武満が声量を落として囁く。
「目の能力を持っているんだよね?」
華奈恋も武満の声量に合わせて「ええ」と小さく答える。
「僕の能力は【遠見の目】というのだけど、……実は昨日、祖父がどこかで生きている姿を見たんだ。体調があまりよくない人だから、先は長くはないだろうね。もしかしたら二度と会うことはないのかも……」
武満の声にどこか寂しさが混じっている。
「僕が発現したのは伏見家が没落の時で、初めて頭の中に見たのは父が商談の席で騙されている場面だった」
「まあ」
武満が苦笑する。
華奈恋にはこれ以上詳しくは言わないつもりだが、武満はその時のことを思い出した。
あれは――武満の父親である千紘が宝飾店の営みに限界を感じていた時期。西欧人から良い話があると店の二階で商談を行った時だ。
商談前に嫌な予感がした武満は必死に千紘を止めた。
『誰の紹介でもない異国商人の話など聞いても良いことはありませんよ。お願いいたします。おやめください』
『大丈夫だ。話を聞いてくるだけなのだから』
『ですが』
『心配ない』
千紘は笑って自宅を出て行った。
武満は家の中でじっと待つことが出来ず祖父の家に向かう。その道中で武満は頭を殴られるような衝撃をうけた。その直後、武満の頭に浮かぶのは西欧人との商談の席で千紘が騙される姿。
とうとう父を侮辱する想像を頭にはっきりと浮かべてしまったと、その時はそう思ったが、それが武満の発現だった。
騙されたことに気付いた千紘は、損失を取り戻すために自ら西欧に渡るも、そこで今度は安物を高値で売りつけられてしまう。しかもその安物の宝飾も日本ではなかなか売れず店は潰れる寸前。入り婿の千紘が妻の実家を潰してはならぬと躍起に奔走すればするほど赤字になる。
このまま赤字が続けば爵位も返上せざるを得ないだろうというところまでいった。
伏見家は男爵に叙されているが、体面を保つためのお金は底をついている。
武満は学習館を中退し、自分も働こうと考えていた。
武満の決意を知っていた千紘は、だからこそここで諦めることはできぬとばかりに、また翌月西欧に渡航する。
武満は今度こそどうか騙されることなく父が帰ってきますようにと願ったが、願いは叶うことなく宝飾店は潰れ、今は生花店になっている。
一人思い出に浸った武満は空を仰いだ。
「僕はこの能力を要らないと思っていたんだけど、今回ばかりは華奈恋さんと双子の妹さんを助けることが出来て良かったと思ってる」
「わたくしも妹を助けることができて良かったと思っておりますわ」
「これからもきっと華奈恋さんが危ない時は僕が駆けつけるから」
「でも見たいものが見たいときに見えるわけではないのでしょう?」
「そうだよ……でも」
「わたくしも武満さんに危険が迫っていることが分かればすぐに飛んできますわ」
「駄目だよ、華奈恋さんまで危険な目に合う必要はない」
「武満さんを心配してはいけませんか?」
「どうして」
「それは、わたくしが……武満さんをお慕いしているからですわ」
「本当に?」
「ええ。きっと、あの交流会の時から」
「ありがとう華奈恋さん」
武満が華奈恋を抱き締める。
後ろで見ていた伊津は両手を口で押えて背中を向けた。
「僕も同じ気持ちだ。だから華奈恋さんのことを守るのは僕でありたい」
「武満さん」
「華奈恋さんは花より美しいよ」
武満のささやきが華奈恋の耳朶をうち、身体中に熱が駆け巡る。
花畑の中で、武満が華奈恋にだけ聞こえるようにまた小さく言葉を落とすと、華奈恋の身体が歓喜に震えた。
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