20.結びの証③
「芽衣胡!」
駆け寄った證は衝動のまま芽衣胡を抱き締めた。懐かしい彼女の香りに安堵する。
「無事か?」
「はい。……證様は?」
「あなたがいなくてどうにかなりそうだった」
「え?」
「芽衣胡。なぜ私に黙っていなくなったのだ?」
「あの、わたしの名前。どうして?」
「あなたの本当の名前は芽衣胡というのだな。華奈恋ではない、芽衣胡だ。無事で良かった」
證の腕の力が強まる。
「華奈恋に不貞だと叱られてしまいますよ、離してください」
「いや、離さない」
「證様は華奈恋のことが好きなのでしょう? 初恋の君だって喜んでいたのを知っています」
「初恋の君はあなただ、芽衣胡」
「でも、わたしはお会いしたことありません」
「会ったのだよ。この中庭の向こうで」
「向こう? 裏手ですか?」
「そう。大岩が一つあるだろう?」
「はい」
「そこであなたと出会った。あなたは小さな手にキャラメルをのせて私にくれたのだよ」
「キャラメルを……? そういえば誰かにひとつあげたかも……」
「そうだ、あなただ」
「でも本当にわたしですか? 他の育児院の子かもしれないし……」
「いいや、あなただ」
「私だと決めつける理由は?」
「これだよ」
證は芽衣胡の右手を取ると、親指の付け根を撫でた。
「ここ」といって證は芽衣胡のほくろをとんとんと指で叩く。
しかし何のことか分かっていない芽衣胡は首を傾げた。
「ここにほくろがある」
「ほくろ? でもほくろなんてみんな持っているんですよね?」
「ああ。だがあなたのここにあるほくろは珍しく、わたしは覚えていたのだ」
「珍しいとは?」
「綺麗に三つ並んでいるのだ」
證はトン、トン、トンとほくろを一つずつ指で触って教える。
「わたしが、證様にキャラメルをあげた女の子だった?」
「ああ、そうだ」
「わたしが證様の『初恋の君』だった?」
「ああ、あなたこそが私に微笑みかけてくれた小さな天女だった」
「まさか……」
「本当だ。私は祝言であなたに出会って、あなたにまた恋をした。あなたの側にいると心が優しくなる。温かくなる。穏やかになる。あなたを守りたいと思う。あなたをずっと離したくないと思う。愛している」
「證様……」
「芽衣胡、私の元に帰ってきてくれ。一緒に帰ろう」
芽衣胡はそう言われて嬉しいのに、涙がこぼれるのを我慢して首を横に振る。
「わたしは帰れません。證様と一緒に帰ることはできません」
「なぜだ?」
「わたしは親のいない孤児です。万里小路の人間でもありません」
「双子なのだろう? おじい様と梅子様の約束だって華奈恋でなければならないということはないのだ。私が松若の男で、あなたが万里小路の女である事実さえあれば成立するのだ。それともあなたには心に決めた男性がいるのだろうか?」
「わたしの存在自体がいけないことなのです。梅子さまは双子を忌避されているそうです。だからわたしと華奈恋が双子であることは、万里小路家では認められないのです」
「では認めてもらおう」
「だから――」
「きっと何か方法はあるはずだ。考えてもいいか?」
芽衣胡は否定できなかった。證の側にいられる方法があるならと思う。
梅子も幸子も通綱さえも納得させる方法があって、證が芽衣胡を側に置いてくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
華奈恋が近づいて来る。
「わたくしも協力いたしますわ」
「華奈恋……ありがとう」
「だってわたくしこれ以上、證様と一緒に暮らすのは耐えられませんもの」
「それに関しては私も同意見だ」
「あら、初めて意見が一致しましたわね」
華奈恋が上品に笑う。芽衣胡は耳でその笑い声を拾うが、真似できないなと感じた。
「では善は急げですわね。このまま皆さんで万里小路へ参りましょう」
「だが、ここの処理が先だ」
證の指示で榎木が動く。
その日は日が暮れるまで慌ただしく過ぎて行った。
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