20.結びの証②

 松若家から光明寺まで、自動車で一時間掛かる。


「榎木、まだ着かないのか!」

「これでも精一杯頑張ってますって」


 芽衣胡は今、光明寺にいると聞いて、證はすぐに榎木に車を出させた。

 一緒に行くという華奈恋を乗せる。道中、華奈恋は華奈恋が話せるだけのことは話してくれた。


 梅子と清矩の約束を果たすがためだけに華奈恋の身代わりとなったという芽衣胡。梅子はもう長く生きられないかもしれないため祝言を延期にはせず芽衣胡が身代わりを果たすことになったという話は、華奈恋も両親から聞いて驚いたのだと教えてくれた。


「わたくしは双子の妹がいるということも知らなかったのです。わたくしは万里小路で家族と一緒に贅沢に暮らしていたというのに、妹は孤児としてお寺に預けられていたのです。親の愛情も知らず、つましい生活をしていたなんて知らなくて。それなのに妹は文句も言わず、わたくしの身代わりになり、毒まで飲んだと聞いて……」

「ああ」


「そして今度は殺されてしまうかもしれないなんて。なんて不幸なのでしょうか」

「殺させはしない。必ず芽衣胡を守る」

 華奈恋はハンカチーフで目を押さえる。しくしくと声を抑えて泣いているようだった。


「助けてください。お願いします、あの子を助けて」

「ああ。必ず」


 光明寺の門前に着くと證は飛び降りるように自動車を降りた。華奈恋が降りるために手を貸す余裕はない。 


 證は走る。山門を抜けると、本堂が見える。

 どこからか微かに芽衣胡の声が聞こえた気がした證は自分の勘に従って突き進む。


「芽衣胡! どこだ!」

 華奈恋はひと気のないところで殺されると言っていた。ひと気がないといえば、裏手か、中庭の奥。


 中庭から裏手へ向かうことに決めた證はその足を速める。


 もしかしたら今日ではないかもしれないと華奈恋は言っていた。だからと言って悠長にしてはいられない。今日ではないかもしれないが、今日かもしれないのだ。


「芽衣胡、生きていてくれ」


 證は中庭の奥に人の気配を感じた。そして言い争う声がぴたりと止む。

 嫌な予感に證の胸が重たくなる。


 近づくにつれ見えてくる人の影。紳士の背中が見えた。

 その向こうにいるのは證の求めた天女。


 紳士と天女の間にある黒い影が俊敏な動きで芽衣胡の前に立つ。

 それに驚いた芽衣胡は尻もちをついた。


 黒い影が短刀を振り上げる。

 間に合ってくれ、と證は願う。願いながら證は軍刀を抜いた。


 芽衣胡に迫る短刀に向かって軍刀を下から上に払う。

 ガキンと金属の重い音が響いた。


「誰だ!」

「何をする!」

 證は黒い影を見て、そうかと頷いた。


「今日は逃がさない」

 證は構える。黒い影は菱越百貨店の前で芽衣胡を攫った男だった。

 黒い男は腰から新たな短刀を出して片頬をあげる。


「殺ってやる。はっ」

 黒い男が先に踏み込む。證は軍刀で短刀を受ける。得物の差では證が有利だが、黒い男――樒の動きが素早く拮抗する。


 證が戦う後ろでやっと追い付いた華奈恋がそこに倒れている青年を見て驚いた。

「武満さん!? しっかりして」


 横にいた榎木が脈を確認する。

「大丈夫ですよ。生きておられます。それより下がりましょう」


 目の前では軍刀と短刀が閃いている。いつ危険が及ぶか分からない。榎木は武満の脇を持って引きずり後退すると、その場は華奈恋に任せて芽衣胡の側に寄る。


「芽衣胡様」

「え? その声は榎木さん」


 高飛車に『榎木』と呼ばれるのにも慣れたが、やはり可愛らしい声音で『榎木さん』と呼ばれる方がしっくりくると榎木は一人感動する。


「どうして? ここに?」

「華奈恋様が、芽衣胡様が殺されると教えてくださったんですよ。間に合って良かったです。さあ、一旦下がりましょう」


 榎木は芽衣胡を支えて證たちから距離をとる。

 證も周囲に危険が及ぶまいと戦いながら少しづつ離れていた。


 華奈恋は「武満さん、起きて」と声を掛けている。

 そんな華奈恋の後ろには杖を持つ老紳士が静かに近づいていた。


 老紳士は杖を両手で持ち、腕を左右に開く。すると杖の先に刃が現れた。老紳士が持っていたのは仕込み杖だった。


「武満さん、しっかりして!!」

 武満のまつげが微かに震える。


「憎きは万里小路の双子なり」

 呪詛のような声を聞いて華奈恋は後ろを振り返った。

 老紳士が鬼の形相で杖の先を華奈恋に向ける。


「のこのこと双子が揃った。天は我に味方しておるぞ」

 くつくつと嗤った老紳士はためらいもなく杖の先を華奈恋の胸目掛けて突き下ろす。


 逃げることも出来ず、痛みを覚悟した華奈恋は目を強く閉じた。


 しかし華奈恋の胸はいつまで経っても痛みを感じない。恐る恐る目を開けると華奈恋の前に武満が上半身を起こしていた。武満は杖を握って動きを止めている。


「なぜ止めるのだ」

「おじいさま。これ以上は本当にやめてください。それでもやるというなら、先に僕が死にます」


「何を言っているのだ千早! 手を離しなさい」

「嫌です。……華奈恋さん、ここから逃げて」


「たけみ、つさん……手が……」

 武満の手から血が流れているのを見た華奈恋は身体から力が抜けていく。


「離すのだ千早!」

「離しません」


 その時、黒い男の短刀が宙を舞った。すかさず證が黒い男の喉元に軍刀を向ける。薄皮一枚破り、血がつうと流れた。

 男のみぞおちを證は蹴り上げる。転がった男を證は素早く拘束した。


「樒……、いやこの女だけでも始末を」

 しかし老紳士の動揺を武満は見逃さなかった。左手を杖に添えて、一気に引き抜く。


「ああ……」

 老紳士は観念したのか、地面に膝をつく。證は榎木と二人で老紳士を拘束すると、探し求めた天女の姿を探した。


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