20.結びの証
20.結びの証①
そうは言っても手がかりがなく、榎木は早々に行き詰まる。
奇病に罹った華奈恋が突然、その性格を変えてしまったと考えた方がいいくらい、天女の行方は掴めなかった。
榎木がそれを報告するたびに證は「探し方が甘いのだ」と怒り、見つからないことに苛立つ。
榎木は華奈恋付きの伊津に問いただしたが、伊津は「おっしゃっている意味が分かりかねます」としか答えない。しかし、きっと何か知っているに違いないと榎木は踏んでいる。
「だけど華奈恋様はどこをどう見たって別人ですよね?」
榎木がそう聞いても「華奈恋様は華奈恋様のままです。別人とはどういう意味で聞いていらっしゃるのですか?」と真面目に答えられてしまうので榎木は頭を抱えるしかない。
素人が探すのは限界があると三日で諦め、四日目には真剣に探偵に依頼しようかと思った。
しかしその翌朝、離れから悲鳴があがる。
何事かと離れへ向かうと華奈恋が「あのこがあのこが」と叫んでいた。叫び声を聞いた他の女中も心配そうに入室する。
伊津と女中と、それから榎木の三人がかりで華奈恋を落ち着かせた。
「華奈恋様? 何があったのですか?」
こればかりは伊津も心配だという顔をしていた。
「伊津。……あの子、死ぬわ……」
「どういうことですか?」
榎木は問う。華奈恋のいう『あの子』は誰なのか、どうして『死ぬわ』と断言しているのか。
「……」
しかし華奈恋は迷うような素振りを見せるものの中々答えない。
「どうした? 何事だ?」
離れの様子を外から見ていた使用人の間を抜けて證が来る。軍に行こうとしていたところに騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。
「それが、華奈恋様が錯乱されていまして、今は少し落ち着かれたのですが……。なにやら誰かが死ぬと申されております」
證は華奈恋の怯えた表情に既視感を覚えた。
あれはいつだったか、と記憶を手繰る。
――あ、證様……、ご無事、ですか?
あの時の華奈恋の顔も蒼白だった。あれは銃の暴発があるかもしれないと教えてくれた時のこと。
あの時も華奈恋から暴発があると聞いていなければ怪我だけで済まなかったかもしれないと證は思っている。
「誰が死ぬのだ?」
不思議な力があるのかもしれない。話しを聞くことで防げる事故や事件があるならば聞いておきたいと證は思う。
「華奈恋は前にも私に教えてくれた。だからあなたも私に教えてくれないか?」
華奈恋は伊津を見る。しかし伊津は何も言わない。伊津もどうしたらいいのか分かっていない様子だった。
「……あの、前に教えたというのは何を?」
華奈恋が證に視線を合わせながら顔色を窺うように問う。
「ああ。軍で銃の暴発があると。私が持つ銃が破裂すると華奈恋は教えてくれたのだ」
「そうだったのですね。伊津、あの子はこの方を信頼していたようね」
「そうですね。ええ、そうです」
「では――」
「華奈恋様?」
華奈恋は何かを決心したように頷く。
「證様。お願いがございます。どうか、あの子を助けてください」
「あの子とは?」
「はい。本当のことをお話いたします。わたくしは万里小路華奈恋と申します。本物の華奈恋です。わたくしは万里小路に生まれ、万里小路で育ちました。證様との祝言前に顔合わせに参りましたのはわたくしです。そして祝言二日前にわたくしは倒れ、昏睡しておりました。そこでわたくしの代わりに祝言に出たのが――」
「それが、私の華奈恋なのか?」
真面目な顔でそう尋ねる證の顔を見て華奈恋は困惑して苦笑いを浮かべる。
「華奈恋はわたくしだと申しております。證様のおっしゃる華奈恋は、名前を――」
「名前を?」
證が身を乗り出す。自分の求めた華奈恋が存在していることを確かめるために。
「名前を、芽衣胡と」
「めいこ……」
一音一句、確かめるよう口の中で反芻する。するとどうしてか、「芽衣胡」という名前が特別な響きを持って證の心にすっと沁みていく。
「そうか、彼女は芽衣胡というのか。それで芽衣胡はどこに? いや、待て。まさか芽衣胡が死ぬというのか!?」
華奈恋は是と言うべき声が出ず、震えながら一生懸命に首を縦に振った。
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