2.金色の光と桃色の光②
午後四時。きりの良い所で作業を止めて、秋乃とフミは台所へ。夕飯の支度がある。
芽衣胡は庭におりて年下の子どもたちの様子を見に行く。どこにいるのか、どこから声がするのか、と気配を探る。と、その時。
杖をつく音が聞こえた。子どもたちの声とは反対側から。檀家さんだろうか、それともお客様だろうか。どちらにしても光生を呼びに行こうと踵を返す芽衣胡の背中に杖の音が大きく響く。
きっと振り返れば杖を持つ者の姿はぼんやりと分かるだろう。それならば挨拶くらいしなければ失礼に当たるだろうと芽衣胡はそちらに正対する。
「こんにちは」
お辞儀をしている間も杖は芽衣胡に近付いてくる。黒い髪は見えない。それならば白髪か禿頭か。杖をついているので老人だろうかと芽衣胡は考えた。
本堂はあちらですよ――そう案内しようかと足を一歩前に出した芽衣胡の正面で、杖の音が止まる。
「あの、本堂は――」
「見えておらんのか」
芽衣胡はドキリとして手に力が入る。芽衣胡の視力について初対面で見抜かれることはほとんどないからである。
芽衣胡はゆっくり力を抜いて微笑む。
「光生様を呼んで参りましょうか?」
先ほどの声から判断するに杖の主は男性だ。歳は光生より上。そして声からは憎悪が感じ取れる。
不快に思わせるようなことをしてしまっただろうかと思う芽衣胡の前で、ふん、と鼻息を荒くされ芽衣胡の背が固まる。
「おお〜汚い汚い。お前は生きていてはならぬ存在だ」
地を這うような低い声が芽衣胡の身体の芯を揺らし、ぶるりと震える。
杖の老人の言葉が脳内で繰り返される。
――生きていてはならぬ存在だ。
それは私が見えていないから? それとも身なりが汚い孤児だから? ――と、捨てられたことも含めて芽衣胡は自身の存在を消極的に考えてしまう。そう考えるのは初めてのことではない。親にとって要らない子だったから捨てられた。見えない自分などお荷物でしかない。檀家からもそう言われた。
芽衣胡は胸の下――兵児帯に手を当てる。そこには芽衣胡のお守りが入っている。芽衣胡が光明寺に捨てられていた時に、一緒にあったのだと言われた櫛が一つ。幾数本あった歯はこぼれ、今は五本しか歯がない大切な櫛は、親の形見だと思って大事にしてきた芽衣胡のお守りなのだ。芽衣胡の親はきっと事情があって芽衣胡を手放すしかなかったのだろうと、芽衣胡は自分の親を思い、どこかで元気に生きいてほしいと願っていた。櫛を大切に持っていれば、いつか迎えに来てくれるのではないかと何度そう考えたか分からない。だがそれは希望のないただの夢物語。
「おい」
杖の老人の声に意識を戻される。すると老人の影から、影がもうひとつ。
「やれ」
刹那。足音なくその影は芽衣胡の前に移動すると、芽衣胡の右首目掛けて手を振り下ろす。
芽衣胡はどさりと倒れた。首には鮮血が溢れる。何が起きたか理解出来ぬ内に強烈な痛みと熱が襲ってきた。
――いっ痛い痛い痛いいたいいたいいた……。
目から落ちた雫は血溜まりに吸い込まれる。
芽衣胡の耳にクツクツと嗤う声が届く。そして杖の音がゆっくり遠ざかっていく。
――……たすけて……おかあさ……フ、ミ……。
助けを求めるように手を上げてみるがあまり上がらない。首が焼けるように痛む。痛みに涙は出るが声は出ない。芽衣胡の全身から力が抜けた。
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