2.金色の光と桃色の光

2.金色の光と桃色の光①

「いろはにほへと」

 光明寺の一室に秋乃のはっきりとした声が届く。

 そこは孤児たちの勉学部屋だった。学校に通えない子供たちのために秋乃が読み書き計算を教える。いわゆる寺子屋だ。

それは大人になって育児院を出た時に困らないようにするための計らいである。外にでた子供たちが働き口を得るために最低限必要なことをここで身に付けさせているのだ。

「いーろーはーにーほーへーとー」

 秋乃について、子どもたちが復唱する。

「わかよたれそ」

「わーかーよーたーれーそー」

「つねならむ」

「つーねーなーらーむー」

 芽衣胡は後ろの席で聞いていた。五歳の時からここで秋乃の声を聞いていた芽衣胡は、秋乃がここで教えるほとんどのことを諳んじることができる。また算術も簡単な「足す」「引く」であれば頭の中で計算することができるようになっていた。だが視力の弱い芽衣胡は読み書き算盤を会得することは難しかった。それを補うように芽衣胡は次第に耳から得た情報を覚えるのが得意になっていったのである。

芽衣胡は勉学の中でも古典と歴史が好きだった。秋乃は歴史を触りしか教えない。子どもたちにとってはそれで充分だったからだ。しかし芽衣胡はもっと深く知りたいと興味を持つことが増え、光生に教えを求めることもある。

 今では勉強に遅れがちな子がいると、芽衣胡が手助けすることもあった。

 子どもたちが復唱する可愛い声が芽衣胡の耳に届く。その中で欠伸をもらす音が混じっている。

 ――この欠伸はジロウね。

 ジロウの欠伸はふわふわと軽い音がするのでよく分かる。フミにそれを話すと『そんなのが分かるのは芽衣胡ちゃんくらいよ』と言われた。

 勉学の時間が終わると子どもたちは庭で元気に遊び回る。

一方でフミと芽衣胡は、秋乃の部屋で針仕事を手伝っていた。

「芽衣胡ちゃんの縫い目、本当にキレイよね。もしかして本当は見えてるんでしょ?」

「ぼんやりとね。あとは針先が布から出る感覚を頼りに縫っているだけよ」

 着物のやぶれやほつれ、いただいた古着を子どもたちの寸法に合わせて肩上げと腰上げをしている。

「感覚だけで縫えるって本当に器用よね。わたしなんて見えていてもがたがたに歪んでいるわ。ねえ、秋乃お母さん?」

「そうねえ。でもフミは料理が得意でしょう。みんなそれぞれ得手不得手があるのだから比べるものではないわ。視力がある、ないだって比べるものではないし、容姿の美醜についても比べるものではないのだから。お母さんはね、みんなが優しい気持ちで相手の心に寄り添って生きてくれたら、それだけで嬉しいのよ。さあさあ、芽衣胡は次こちらをお願いね」

 芽衣胡の手元にある着物を秋乃が取り、代わりに別の着物を渡すと新たに指示を出す。

 ぼんやり見える視界にある着物の色は赤。はっきりとした色合いのものに針を通すのはやりやすい。着物の端が見えやすいからだ。

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