1.育児院の芽衣胡
1.育児院の芽衣胡①
もう少しで昼になる。お天道様の温かな陽射しが新緑に落ち、葉がきらめく。
「芽衣胡ちゃん、そっち終わった?」
客間の建具を拭き終わったフミが廊下に顔を出す。フミの背中におぶられた赤子のキヨが喃語を発しながら芽衣胡に手を伸ばしている。
「うん、丁度終わったところ。キヨちゃんご機嫌ね」
キヨは冬の寒い日、光明寺の門前に捨てられていた赤子だ。
「ずっと寝てたからご機嫌なのよ」
「あうあう」
そうだと肯定するようにキヨが笑う。そこへ別の足音が届く。
芽衣胡が、これは
「フミ? 芽衣胡?」
「はい、ここに」
顔を現した秋乃は不惑を越えた年の頃。頭には白いものが混じり始めていた。秋乃は光明寺の住職、
芽衣胡にフミやキヨ。他にもいる孤児たちを育てたのは秋乃である。秋乃は柔和な顔で頬に皺を刻むと優しい声を芽衣胡たちの上に落とす。
「そろそろお昼にしましょう。芽衣胡はみんなを呼んで来てくれる?」
「はい、秋乃お母さん」
「フミは配膳を手伝って」
「はい。芽衣胡ちゃん雑巾持って行くからちょうだい」
フミはちょうだいと言いながらもその手を芽衣胡の右手にある雑巾に伸ばす。すっと抜き取られるのはいつものこと。芽衣胡はフミに礼を言って、幼少の孤児を探しに行く。
芽衣胡が耳を澄ませば聞こえるきゃらきゃらと笑う声。声を辿れば小さな庭で七つの塊が動き回っている。
「みんな~、お昼だよ」
「わーい、おひるごはん~」
「芽衣胡ちゃ~ん!」
孤児たちの中で年長の芽衣胡とフミはともに十五歳。みんなの
盥に張った水で手を洗い、順番に足を洗って中に入る。台所横の部屋に向えば秋乃とフミが昼食を配膳し終えた所だった。
「また葉っぱのやさい……」
五歳のジロウが皿を見て唇を突き出す。
「青菜美味しいのに」
フミが青菜の小鉢を持ち上げる。育児院にある小さな畑で採れた青菜を塩ゆでしたもの。どちらかというと芽衣胡もジロウの気持ちが分かる。あまり美味しいものではないが好き嫌いは言ってはいられない。
米価暴騰により価格は上がるばかり。前年には暴利取締令が出ている。それゆえ光明寺でもなかなか米が買えないでいた。主食は小さな畑で採れた芋。主菜は青菜。たまに近所の農家から分けてもらう野菜はありがたい。時には豆売りから買った豆を炊くこともある。そうするとジロウなどは飛んで跳ねて喜ぶのだった。
正座をして行儀よく昼餉を待つ孤児たちの元へ午前の勤めを終えた光生がやって来る。
「みな揃っておるか?」
つるりとした頭が柔和に微笑む。
「では、手を合わせましょう。仏様に感謝して、合掌」
光生の声に合わせて皆が合掌し、声を揃える。
「いただきます」
箸と器がぶつかりあう音を聞きながら芽衣胡もそっと手を食卓の上に出し茶色の箸を探す。箸と卓の色味が同じで芽衣胡にはよく見えていない。しかし手前にある箸はすぐに指先に当たる。白い陶器の食器はぼんやり見えるので優しく指を伸ばせばすぐに触れる事ができる。視力が弱いため動作はゆっくりだが、芽衣胡は光明寺の中での生活に支障をきたすことはない。
だいたいの距離は歩数と体感で覚えていたし、どこに段差があるかということも熟知していた。
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