第109話 波と追いかけっこ

 海と空は、両方とも青なのに、全然違う。


 これが、マリンブルーという青なのか。


 海水は綺麗きれいき通っていて、海中かいちゅうに沈んだ岩や泳ぐ魚まで、けて見える。


 白い波が浜辺に打ち寄せ、引いて行くを、何度もえ間なく、くり返している。


 ザバーン、ザザー……という波の音も、耳に心地良ここちよい。


 海の音にいやされるって、本当なんだな。


 ずっと波を見つめていると、まるで、海が生きているみたいだ。


 理科の授業で習ったけど、波は月の引力と風によって起こるものらしい。


 海以外では、この現象は起こらない。


 海は不思議だ。


 さわやかな風が吹くと、海のにおいがする。


 なんだか気持ち良くて、大きくびをして、深呼吸しんこきゅうしたくなる。


 空には、海鳥うみどり達が「みゃあみゃあ」と鳴きながら、飛んでいる。


 想像していたよりも、海鳥って大きいんだな。


 ぼくは、猫になってからはもちろん、人間だった頃も、海を見たことがなかった。


 動画や写真では見たことがあるんだけど、本物の海は初めて見た。


 ぼくは、初めて見る海の美しさに感動して、胸がいっぱいになる。


 海って、こんなにも綺麗きれいだったのか。


 綺麗きれいすぎて、怖いくらいだ。


 あまりにも美しすぎて、ずっと見ていられる。


 この美しい景色を見られただけで、ここまで来て良かったと思える。


 イチモツの集落しゅうらくの長老のミケさんは、「森の外には、何もなかった」と、言っていた。


 きっと、ミケさんは「この山を越えたら、何があるのか」とは思わなかったんだな。


 山の反対側には、こんなにも美しい海が広がっていたのに。


 山を越える行動力と好奇心があれば、この海を見られたのに。


 ミケさんは、なんてもったいないことをしたんだろう。


 イチモツの集落へ帰ったら、ぜひとも、教えてあげたい。


 ミケさんにも、この景色を見せてあげたい。


 ああ、カメラがあったら良かったのに。


 いや、この感動は、直接見なければ味わえない。


 お父さんとお母さんも、初めての海が珍しいらしく、波打ちぎわで引いていく波を追いかけて、波に追われて逃げるを、くり返している。


 波を追いかけて、「ニャー」


 波に追われて、「ニャー」


 ぼくのお父さんとお母さんが可愛すぎて困る。 


 でも逃げ遅れたら、びしょれになっちゃうぞ。


 ふたりとも、れるのが苦手なのに、なんだかスゴく楽しそう。


 波と追いかけっこが楽しそうだったから、ぼくも参加することにした。

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