第102話 死と生に触れる

 シロチャの体に、そっと触れてみる。


 生き物としてのぬくもりや柔らかさが、まるで感じられない。


 生きている猫とは、明らかに違う、死の手触てざわり。


 一見いっけんすると、静かに眠っているように見えるのに。


 本当に、死んでいるんだ。


 生きているものは、いつか必ず死ぬ。


 自然界では、弱いものは強いものに食べられる。


 この猫も、天敵てんてきおそわれて、重傷をいながらも、どうにかここまで逃げ帰ってきた。


 だけど、ここには、お医者さんがいなかったから、何の処置しょちもされず、出血多量しゅっけつたりょうで死んだ。


 お医者さんがいれば、止血しけつすることが出来れば、救えたかもしれないのに。


 きっと、巣穴すあなの中で、死の恐怖と苦痛くつうえながら、誰にも看取みとられずに、ひとりで死んだんだ。


 救えたはずの命が、救えなかった。


 いや、これほどひどいケガだと、お医者さんがいたとしても、救えなかった。


 どんなに素晴らしい医療技術いりょうぎじゅつがあったとしても、治らないケガや病気は必ずある。


 頭では分かっていても、やっぱり、猫が死ぬのは、とてつもなく悲しい。


 深い悲しみで、胸が苦しくなり、その思いが涙となってあふれ出した。


 とめどなく涙を流しながら、永遠に眠り続ける猫を、でることしか出来ない。


 何も知らないキジブチが、後ろから気軽に話しかけてくる。


「仔猫のお医者さん、どうニャゴ? シロチャさんは、治せるニャゴ?」 


 ぼくは振り向くと、出来るだけ冷静れいせいに、キジブチに事実だけを伝える。


「ミャ……」


 シロチャさんは、おくなりになりました……。


 シロチャさんのお墓を、作ってあげて下さい。


「え? そんな……っ! ウソニャゴ! シロチャさんが亡くなったなんて、信じられないニャゴッ! シロチャさん、シロチャさんっ!」


 キジブチは、急に取り乱して、シロチャの体を大きくさぶっている。


 しかし、シロチャがもう二度と動かないと気付いて、大声で泣き始めた。

 

 泣き叫ぶキジブチの声を聞き付けて、集落の猫達が、「なんだなんだ?」と集まってきた。


 それからすぐ、集落の猫達によって、シロチャのお墓が作られた。


 められて、シロチャの姿が見えなくなると、ぼくはお母さんの胸に顔をうずめて泣いた。


 お母さんの体は、柔らかくてあったかい。


 シロチャの手触りとは、全然違う。


「ああ……生きているんだな」と、あらためて思った。

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