第92話 じっとしていたってどうにもならない

 トマークトゥス(オオカミ)達が立ち去ってから、どれくらい時間がったのか。


 雨がりしきる中、これからどうすれば良いか、ずっと考えていた。


 ここで、お父さんとお母さんが探しに来てくれるまで、待つか。


 それとも、自分から探しに行くか。


 悩みに悩んで、探しに行く方を選んだ。


 じっとしていたって、どうにもならない。


 木のみきにしがみつき、足をすべらせないように気を付けながら、少しずつりていく。


 もう二度と、木から落ちて死にたくないからね。


 うわっ、ぬかるんだ土が、ぬるっとぐにゃっとしていて、気持ち悪い。


 さて、どうやって、みんなを探すかだけど。


 猫は、人間の数万~数十万倍の嗅覚きゅうかくを持っていると、言われている。 


 普段ふだんから、猫吸ねこすいをしているから、お父さんとお母さんのにおいは、しっかりおぼえている。


 愛猫家あいびょうかなら、猫吸ねこすいは基本だよね。


 猫って、他の動物と違って、獣臭けものくさくない。


 お父さんとお母さんは、干したてのお布団みたいなにおいがするんだ。


 よく日向ぼっこをするから、お日様のにおいがするのかな?


 鼻に意識いしきを集中させて、周囲しゅういにおいをぐ。


 雨のにおい、草木くさきにおい、土のにおい、けものにおい、血のにおい。


 う~ん……雨が降ったから、いろんなにおいが混ざってしまっている。


 この感じだと、お父さんとお母さんのにおいも、雨で洗い流されていると思う。


 困ったな、これじゃ、お父さんとお母さんを探せない。


 イヤなことに、血のにおいが一番強い。


 血のにおいをぐと、最悪の事態じたいを考えてしまう。


 悪い考えをはらい、まずは、川へ行ってみる。


 綺麗きれいな水が静かに流れていた川は、雨で増水ぞうすいし、流れも激しくなり、茶色くにごっている。


 はしになるようなものもない。


 これじゃ、川は渡れないな。

 

 トマークトゥス達が、川の向こう側へ行ってくれていると、良いんだけど。


 周囲の音を探ろうにも、雨音あまおとがザアザアとうるさくて無理だ。


 鼻と耳がダメなら、目だ!


 ――と思ったけど、実は猫は、目があまり良くない。


 猫は狩りをする動物なので、動体視力どうたいしりょく(動くものを見る力)は、人間の約4倍。


 夜行性やこうせいなので、暗いところでも良く見える。


 しかし、視力しりょくそのものは、0.1~0.3しかないと言われている。

 

 つまり、素早すばやく動くものを目で追うのは得意だけど、ぼんやりとしか見えていないってことだ。


 雨がっているから、視界しかいも悪くなっている。


 目と耳と鼻が役に立たないなら、あとはかんで、適当てきとうに歩き回って探すしかないか。

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