第91話 ひとりぼっち

 トマークトゥス達が去った後も、ぼくは一歩も動けなかった。


 また戻ってくるんじゃないかという恐怖で、木の上からりれなかった。


 天敵てんてきに追いかけられた恐怖で、心臓がバクバクして、体のふるえも止まらない。


 必死に逃げまくったから、ヘトヘトに疲れてていた。


 心と体が落ちくまで、ここで少し休もう。


 ここにいれば、木に登れない天敵てんてきおそわれる心配はない。


 空から獲物えものねらう、猛禽類もうきんるい(ワシやタカなどの大きな鳥)がおそってくる可能性はあるけど。


 あと、ヘビも木を登れるから気を付けないと。


 やっぱり、ひとりぼっちは怖いなぁ……。


 どこから天敵てんてきねらわれるかと、恐ろしくて仕方がない。


 そういえば、この世界に来てから、ひとりぼっちになったのは初めてかもしれない。


 イチモツの集落にはたくさんの猫達がいたし、狩りもお父さんとお母さんと一緒だったし、旅の間もずっとお父さんとお母さんが側にいてくれた。


 ひとりぼっちって、こんなに心細こころぼそいんだな。


 こんな気持ちになったのは、幼稚園児ようちえんじの頃に迷子になった時、以来いらいかもしれない。


 お父さんとお母さんとはぐれた時は、絶望ぜつぼうしたものだ。


 たかが、迷子ごときで絶望ぜつぼうって、大げさと思うかもしれないけど。


 いくら見回しても、知らない場所、知らない人々。


 何も分からない、不安と恐怖。


「お父さんとお母さん、助けてっ!」って、ずっと大声で泣き続けていた。


 幼稚園児ようちえんじが迷子になるって、とても恐ろしいものなんだよ。


 なんで、「分からない」って、あんなに怖いんだろう。


 ひとりぼっちって、なんでこんなにさびしいんだろう。


 今のぼくは、あの時のように泣けない。


 大声で泣いても誰も助けてくれないし、天敵てんてきを呼び寄せるだけだ。


 悪いことに、雨までり出した。


 しげる葉と葉の間から落ちて来た雨粒あまつぶが、ぼくの体を叩く。


 せっかく、日向ぼっこで乾かした体が、れて冷えていく。

 

 そういえば、お父さんとお母さん、他の猫達は、今頃どうしているだろう?


 お父さんとお母さんは足が早いから、逃げ切れたはず。


 ただ、ケガをしていた猫達が心配だ。


 4匹のトマークトゥスは、ぼくをねらっていたけど、みんなこっちに来たとは限らない。


 トマークトゥスが全部で何匹いたかなんて、数えている余裕よゆうはなかった。


 ぼくをあきらめた後で、ケガをした猫達に、ねらいを変えたかもしれない。


「もしかしたら……」という、悪い考えばかりが頭に浮かんで、胸がざわつく。


「どうか、みんな無事でいてくれ」と、心からいのった。

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