第90話 死にたくない

 ぼく達8匹の猫は、れた体を乾かしながら、お昼寝をすることにした。


 河原かわらで、思い思いに寝転がっていると――


 低いうなり声と、近付いてくる足音が聞こえてきた。


 あわてて目を覚ますと、数匹のオオカミみたいな動物が、こちらへせまって来ていた。


「ウニャァアァァアアア~! トマークトゥスニャーッ!」


 ぼく達は飛び上がって驚き、蜘蛛くもの子を散らすように、四方八方しほうはっぽうへ逃げ出した。


 あれが、トマークトゥスかっ!


 話には聞いていたけど、オオカミのことだったのか。


 きっと、猫達が流した血の臭いを、ぎ付けて来たのだろう。


 猫の体に付いていた血は洗い流したけど、血の臭いは強く残っていたからな。


 自然界では、弱いものは、強いものにわれる。


 戦っても勝てない相手だから、天敵てんてきなんだ。


 天敵てんてきに見つかったら、逃げるしかない。 


 生き残りたかったら、死ぬ気で逃げろ!


 死にたくない。


 まだ、お医者さんとして、世界中を旅する夢をたしていない。


 それに、新しい夢が出来たんだ。


 旅の途中とちゅうで、お医者さんがいない集落しゅうらくおとずれて、次の世代のお医者さんを育てていく。


 お医者さんがいれば、ケガや病気で苦しむ猫達をすくえる。


 この世界を、少しでも苦しむ猫がいない世界にしたい。


 だから、まだ死ねない。


 っていうか、しつこいな、トマークトゥス!


 逃げても逃げても、追いかけてくるんだけどっ!


 そうだ! 確か、イヌ科の動物は、木登りが苦手だったはずっ!


 木に登れば、逃げ切れるに違いない!


 走って走って走りまくって、高い木まで辿たどき、登れるところまで登った。


 見下ろすと、4匹のトマークトゥスがぼくを見上げて、え続けている。 


 どうやら、一番弱くて足の遅い仔猫のぼくにねらいを付けて、追いかけて来たらしい。


 トマークトゥス達は、木の下でウロウロして、低くうなっている。


 木に両前足を掛けて、「りて来い」とばかりに、何度もえてくるのが怖すぎる。


「ミ……ミャ~……」


 ぼくは、枝にしがみついて、全身から冷や汗を流しつつ、トマークトゥス達が早くあきらめてくれるのを、待ち続けた。


 やがて、リーダーらしきヤツがひと鳴きすると、トマークトゥス達は立ち去った。


 良かった、助かった……。


 でも、逃げるのに必死だったから、みんなとはぐれてしまった。


 周りを見回しても、誰もいない。


 お父さんとお母さん、傷付いた猫達は、みんな無事に逃げ切れただろうか?

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