第87話 「またね」

 ハチ先生がいる縄張なわばりで、ゆっくりと眠って疲れが取れたので、再び旅立つことにした。


「ミャ」


 ハチ先生、茶ブチさん、お世話になりました。


「もう行くニャフ? いつか、きみも立派なお医者さんになれるように、応援おうえんしているニャフ」


「じゃあニィ~、気を付けてニィ~。大きくなったら、またおいでニィ~」


 ふたりは優しい笑顔で、ぼくの頭をでして、お別れを言ってくれた。


 ぼくは確かに、見た目は仔猫だけど、これでも一応成猫おとななんだけどな。


 すでに、茶トラ先生に認められた、立派なお医者さんだし。


 言っても信じてもらえないので、だまってニコニコ笑っておいた。


 この縄張なわばりで、ぼくをお医者さんと信じてくれているのは、転落事故てんらくじこで大ケガをった灰色猫だけだ。


 ぼくが旅立つと聞いて、灰色猫が見送りに来てくれた。


あらためて、お礼を言わせて欲しいニャン。仔猫のお医者さんが、助けてくれなかったら、あそこで死んでたニャン。ありがとニャン」


「ミャ」


 どういたしまして。


 もう二度と、パサン(岩山にいるヤギ)を狩ろうなんて、危ないことはしないで下さいね。


「あんな痛い目には、もういたくないニャン。パサンは、あきらめるニャン」


 そう言って、灰色猫は苦笑いした。


 お世話せわになった猫達と、別れの挨拶あいさつを済ませて、ぼく達家族は旅立った。


 いつものことだけど、集落や縄張なわばりから離れる時は、とてもさびしい。


 今まで何度も、たくさんの猫達と、出会いと別れをり返してきた。


 別れる時、みんな必ず、「またね」と、言ってくれるけど。


「また」は、あるのだろうか。


 帰りも、同じ道を通るとはかぎらない。


 再び、同じ土地をおとずれたとしても、知り合った猫はいないかもしれない。


 野生の猫は、いつも天敵てんてきねらわれている。


 ストレスが多く、猫にとって何よりも大事な睡眠すいみんが、満足にれない。


 狩りをしないと、ごはんが食べられない。


 ケガや病気になっても、寝て治すしかない。


 だから、野生の猫は、ペットとして飼われている猫よりも、寿命じゅみょうが短い。


 ペットとして飼われている猫の平均寿命は、約15歳。


 野生の猫の平均寿命は、約4歳。


 イチモツの集落のミケさんは5歳くらいだったから、長生きな方なんだ。


 もしかしたら、イチモツの集落へ帰った時、ミケさんとは会えないかもしれない。


 振り向けば、イチモツの集落がある森は、はるか遠く。


 帰りたくても、簡単には帰れない距離きょりになっていた。

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