第56話 旅立ちの時

 ぼく達家族は、疲れが取れるまで、ゆっくりと寝て過ごした。


 でも、いつまでも余所者よそもののぼく達が、お世話になりっぱなしってのも、集落しゅうらくの猫達に申し訳ない。


 体力も充分じゅうぶん回復したし、そろそろ旅立つとしよう。


 集落のおさであるクロブチさんに伝えると、別れをしんでくれた。 


「もう、行っちゃうのにゃあ? 君達は命の恩人おんじんなんだから、もっといてもいいのににゃあ。さびしくなるにゃあ……」


 ぼく達が旅立つと聞いて、集落の猫達も全員集まってきてくれた。


「仔猫のお医者さん、助けに来てくれて、本当にありがとニャン」


「薬の作り方を教えてくれて、ありがとニィ。君達のことは、ずっと忘れないニィ」


「また、来てにゃー。君達なら、いつでも歓迎かんげいするにゃー」


 2週間ほどで、すっかり仲良くなった猫達は、あらためて感謝の言葉をかけてくれた。


 お見送りがうれしくて悲しくて、また泣いてしまった。


 別れの時って、どうしてこんなに悲しいんだろう。


 そういえば、この集落に名前はあるのだろうか?


 立ち寄った集落の名前は、全部おぼえておきたい。


 クロブチさんに集落の名前を問うと、ニコニコ笑いながら答えてくれる。

 

「イヌノフグリにゃあ」


 は? なんて?


 その言葉で、涙が止まった。


「ほら、そこにたくさん、咲いているにゃあ?」


 言われてみれば、集落の周りには、ちっちゃくて可愛いうすいピンク色の花が、たくさん咲いていた。


 ここは、群生地ぐんせいち(たくさん生えている場所)なんだろう。


「だから、集落の名前は、イヌノフグリっていうにゃあ」


 ためしに、イヌノフグリを『走査そうさ』してみる。


対象たいしょう:オオバコ科クワガタソウ属イヌノフグリ』


薬効やっこう:なし』


 どうやら、薬には使えない、ただの雑草らしい。


 見た目は可愛いのに、名付け親のネーミングセンスがヒドすぎる。

  

 なんで、よりにもよって、そんな名前にしたんだよっ?


 こんなに可愛い花なんだから、他にもいくらでも付けようがあっただろ!


 ただの「フグリ」じゃなくて、「イヌノ」って付けたところに、悪意あくいを感じるんだけど。


 とりあえず、この集落の名前は、一生忘れないだろう。




 ――――――――――――――――


【イヌノフグリとは?】


 春になると、3~5mmのうすピンク色の花を咲かせる雑草。


 7~10mmの青い花が咲く方は、オオイヌノフグリ。


 毒にも薬にもならないし、食べても美味しくない。


の形が、ワンコのタマタマに似ているから」ってのが、名前の由来ゆらいらしい。

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