第37話 自分自身との戦い

 イチモツの木は、みきの太さが成猫おとな4匹分くらいある。


 高さは見上げるほど高く、緑色の葉がしげっている。


 イチモツのは、頂上まで登らないと取れない。 


 仔猫サイズのぼくが、この巨木きょぼくを登るのは、かなり大変だぞ。


 でも、ここまで来たら、やるしかない。


 樹皮じゅひには、細かい模様もようのような割れ目が入っているから、そこにつめを引っかけて、両手両足を使って登っていく。


 あまり時間を掛けると、筋肉に疲労ひろうがたまって、体が重くなる。


 かといってあせると、手足をすべらせて落ちる。


あせらず、慎重しんちょうに」と、心の中で自分に言い聞かせる。    


 集落の猫達が「ニャーニャー」と、応援おうえんしてくれる声にはげまされる。 


 応援にこたえて、下を見る余裕よゆうはない。


 右爪を引っかけたら、樹皮の一部がボロリとがれ落ちた。


 木も人間と同じで、古くなった外側の皮は、細かく割れてがれ落ちていくんだ。


 下で見守っている猫達から、大きな悲鳴が上がった。


 あわてて、左手と左足と右足でバランスを取り、なんとか危機ききを乗り越える。


 ふ~……セーフ。


 こういうことは何度もあるだろうから、剥がれやすそうな部分に気を付けて登らないと。


 落ちかけた恐怖で、バクバクする心臓をおさえ、息をととのえながら、別の部分に爪をかける。

 

 今度は、がれ落ちなかった。


 よし、この調子で行くぞ。


 全身が燃えているように熱く、びっしょりと汗をかく。


 手足が痛い、息が苦しい。


 このひとつで、誰も助けてくれない、自分自身との戦い。


 見下ろせば、高さに恐怖する。


 見上げれば、頂上の遠さに絶望する。


 ただひたすら、目の前の剥がれない樹皮を選んで、登ることだけを考えて登り続ける。


 生死せいしをかけて登り続ける緊張感が、何故か楽しくてワクワクドキドキした。  


 今なら、ロッククライマーの気持ちが分かる気がした。


 落ちたら、ただでは済まない恐怖と戦い続ける。


 そしてついに、ぼくはその恐怖を乗り越え、頂点にたどり着いた。


 枝にっている、まんまるいつかみ、くるりと回すと、簡単にプチリと取れた。


 やった!


 でも、ここで気を抜いてはいけない。


 無事にりるまでが、木登りです。


 を手に持ったまま降りることは出来ないので、口にくわえた。   


 降りる時も慎重しんちょうに、がれない部分を確認しながら降りていく。


 地面まで、あともう少しとなったところで、手を離して飛び降り、体をひねって空中回転くうちゅうかいてん


 体操選手のように、綺麗きれい着地ちゃくち


 イチモツの実を、両手でかかげて、勝利の声を上げる。


「ミャーッ!」


 同時に、集落の猫達から大きな歓声かんせいき起こった。

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