第32話 心残り

 人間だった頃の夢を見た。


 お父さんは、有名な大学病院のお医者さんで、「忙しい」「疲れた」が口癖くちぐせだった。


 ほとんど家にいなくて、家にいる時は寝ていることが多かった。


 でもたまに、「お母さんには、ないしょだぞ」と言って、ぼくが欲しかった猫グッズを買ってくれた。


 お父さんも実は猫が大好きで、猫グッズを集めているんだって。


 もらった猫グッズは、お母さんに見つからないように、通学カバンに隠した。

 

 お母さんは、「勉強しろ」が口癖くちぐせだった。


 ぼくが家にいる間、お母さんはずっとぼくを監視かんししていた。


「アンタに勉強させることが、あたしの仕事だから」と、言っていた。


 ごはんとか掃除とか洗濯とか、家事は全部、おばあちゃんがやっていた。


 ごはんとお風呂とトイレと寝る時以外は、お母さんが付きっ切りで勉強させられた。


 学校だけが、ぼくに与えられた自由な時間だった。 


 学校では、いつも猫好きな友達と遊んでいた。


 猫を飼っている友達から、猫の写真や動画をたくさんもらった。


 大好きな猫のことをもっと知りたくて、図書館で猫の本をいっぱい読んだ。 


 そしたら、友達から「猫博士ねこはかせ」って呼ばれるようになった。


 でもぼくは、猫博士より、猫のお医者さんになりたかった。

 

 だって、猫のお医者さんになれば、ケガや病気で苦しんでいる猫を助けることが出来るから。


 たくさんの猫と、猫好きな飼い主さんとも、知り合いになれるし。


「猫のお医者さんになりたい」って言ったら、お父さんは喜んでくれた。


 お母さんは、めちゃくちゃ怒った。


「猫の医者なんて、絶対許さない! アンタは、誰もがうらやむような、立派な人間の医者にならなきゃ絶対ダメッ!」


 少しでも自分の思う通りにならないと、お母さんはヒストリーを起こしたキレまくった


 お母さんの気が済むまで、何時間もお説教せっきょうされた。


 そして、お説教せっきょうの最後には必ず、こう言うんだ。


「あ~あ……時間のムダだった。怒られたくなければ、反省してもっと勉強しなさい」


 時間のムダだと思うんだったら、何時間もお説教せっきょうしなければいいのに……。


 言い返したら、もっと怒られるって分かっていたから、黙っていることしか出来なかった。


 ぼくが死んだ後、お父さんとお母さんとおばあちゃんは、どうなったのかな?


 それだけが、ずっと心に引っ掛かっている。


 ぼくは、猫に生まれ変わって幸せだから、みんな心配しないでね。

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