第31話 息子の死 ※人間側視点

 息子が死んだ。


 地面に仰向あおむけに倒れていた息子は、胸に小さな仔猫をかかえていた。


 息子の側には、折れた枝が一本落ちていた。


 状況からさっするに息子は、木から降りられなくなった仔猫を助ける為、木に登った。


 雨で湿しめって折れやすくなっていた枝が折れ、足場をうしなって、頭から落ちたのだろうと、警察は語った。


 実に、息子らしい最期さいごだと思う。


 息子は、幼い頃から猫が大好きだった。


 しかし、息子は猫アレルギーで、野良猫を触っては、アレルギー症状を起こしていた。


 飼えない反動はんどうからか、猫へのあこがれが強く、猫に詳しかった。


 学校でのあだなは、「猫博士ねこはかせ」だったそうだ。


「将来は、ケガや病気で苦しんでいる猫を助ける、猫のお医者さんになりたい」と、言っていた。


 しかし、妻は「の医者になりなさい」と、息子をきびしくしかり付けた。


 妻は、息子が産まれた頃から付きっ切りで勉強を教え、知育玩具ちいくがんぐ(頭が良くなるオモチャ)以外の玩具オモチャは、ひとつも買いあたえなかった。


 私はそんな妻を見て、「息子の将来の為に、ここまでくすとは、なんと教育熱心な母親だろう」と、感心すらしていた。


 勉強漬けの日々で、息子にとって、猫だけがいやしだったのかもしれない。


 息子が、猫を助けて死んだと知った時、妻は怒り狂った。


「猫なんかの為に、死にやがって」


「アンタが偉くならないと、あたしの立場がない」


 妻は、息子の死を悲しむことはなく、一粒ひとつぶの涙を流すこともなかった。


 息子の遺体いたいに向かって、怒鳴どなり散らす妻を見て、私はやっと気付いた。


 妻は、息子を愛していなかった。


「みんなからうらやましがられるが欲しかっただけ」だったのだ。


 妻にとって息子は、「自分を引き立たせる道具」にすぎなかった。 


 息子が死んだ後で、気付くとは……。


 私は、なんてバカな父親なんだ。


 妻は息子の葬式そうしきで、「かしこくてやさしい息子を亡くした可哀想かわいそうな母親」として参列者さんれつしゃ達に同情どうじょうされ、ひそかに喜んでいた。


 その上、葬儀中そうぎちゅうに、「早く、新しい子供が欲しい。次はもっと頭が良くて、あたしの言うことをなんでも聞く、あつかいやすい子が良い」と、明るい笑顔で言った。


 非常識ひじょうしきな妻に吐き気がして、その場で離婚りこんを突き付けた。

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