第二章
第31話 迷宮の違和感(※三人称)
また、現われたらしい。場所は、◯◯市の東側。そこをたまたま通りかかった男性が、迷宮の中に吸いこまれたようだ。彼の周りに居た人達も、(幸運な人を除いて)彼と同じように吸いこまれたようである。
目撃者達は(個人の差はあれ)政府公認の対策室に連絡を入れて、管轄の警察や自衛隊関係者にも電話を掛けた。「ヤバイ物がまた、出たんだ。子ども達も泣いている。すぐに助けてくれ!」
役人達は、その声に応えた。対策室の面々はもちろんだが、警察や自衛隊も彼等と連携体制を取ったのである。彼等は迷宮の現われた現場に着くと、現場の周りに「立ち入り禁止」を作って、自分達も迷宮への対策を話しはじめた。「今日は、俺も居るので」
怖がる事はない。そう笑う豊樹に残りの県警者達も笑った。豊樹は彼等に「自分が潜入部隊の先頭に立つ事、そして、対策室の青森もそれに付いていく事」を話すと、今度は戦闘時の合図や、非常時の対策などを話して、目の前の仲間達に「これだけは、忘れないで欲しい」と言った。
「名誉の戦死は、ダサい。殉職なんて言うのは、死んだ人間の自己満足だ。死んだ人間は、生きた人間を救えない。アンタ等の制度は分からないが、それでも死ぬ事だけは止めてくれ。俺の目覚めが悪くなるし、アンタ等の家族も悲しむ。俺は、仕事に格好つけた殉職を認めない」
関係者達は、その言葉に表情を変えた。「魔王」と戦った戦士にそう言われるのは、彼等としても思うところがあるらしい。現場の指揮官を任された者達も、その言葉には胸を打たれているようだった。
彼等は豊樹の指示に従って、迷宮の中に入った。迷宮の中はやはり、暗かった。その内部も、いつも通り。壁に掛けられた燭台の明かりが、迷宮の通路を照らしている。通路の先から吹いてくる空気も、その嫌な雰囲気が漂っていた。
豊樹は、その空気に目を細めた。空気の雰囲気は同じだが、その気配が違う。いつもは感じる殺気のような気配が、今はまったく感じられなかった。彼の後ろを歩いている青森も、その気配らしき物を察している。右手のアクションカメラを思わず降ろすような、そんな違和感を覚えていた。豊樹は自分の後ろを見て、青森の顔を見つめた。「青森君」
青森も、それにうなずいた。彼は自分の左手を挙げて、後ろの面々に合図を送った。「周りに注意、違和感あり」の合図である。「変ですね、結構進んだのに。ぼくの記憶では、ここ等辺で」
そう、出てくる筈だ。迷宮の中に潜んでいる怪物達が、彼等の前に現われる筈である。それと共に仕掛けられた罠も、怪物達と合わせるように出てくる筈だ。「それなのに」
出てこない。迷宮の中をどんなに進んでも、例の偽獣はおろか、その罠すら出てこなかった。青森は「それ」が不思議で、この迷宮が怖くなってしまった。
「罠、でしょうか? ぼく等の事を誘き出す?」
「分からない。だが、普通でないのは確かだ。敵の侵入を許すなんて、普通ならありえない。これはどう考えても、罠だ」
青森は、その言葉に足を止めた。彼がそう考える以上、「ここに居ては、ダメだ」と思ったらしい。彼は後ろの面々にも「これ」を伝えて、正面の豊樹にまた向きなおった。「人質の救出が最優先ですが。事と状況によっては、『後退も視野に入れる』との事です。『部隊の帰還も、大事である』と。皆さん、前回の事を考えています」
豊樹は、その言葉に眉を寄せた。現場の指揮権は与えられているが、そう言われては少し困ってしまう。僅かな違和感を理由にして、救出の可能性を下げるわけにはいかない。今は違和感を覚えているだけだが、これが敵の罠かも知れないのだ。
こちらの油断を突いて、その戦力を潰す。「戦いの手段」としては、充分な手だった。豊樹は自分の顎を摘まんで、部隊の動きを考えた。「そう、だな。……よし、それならこうしよう。俺と青森君だけが残って」
隊員達は、その意見に文句を言った。怪物達の力は怖いが、それでも止められない。彼等にもまた、彼等の信念がある。自分達の意思でここに入った以上は、最悪の事態にも受けいれる覚悟だった。
素人の情けで生きのこっては、自分達の誇りに関わる。彼等は豊樹の意見に首を振って、彼に同行の旨を伝えた。「ついていくよ、今から戻るのも危険だし。それに貴方の勘が当たっている可能性もある。通路の向こうから大軍が現われるかも知れない」
残りの隊員達も、それにうなずいた。彼等は自分の武器を掲げて、通路の先を指差した。通路の先はやはり、不気味な暗闇に包まれている。「豊樹さん!」
豊樹は、その声に揺れた。声の調子を見て、そこに本気を感じた。彼は青森君にも意見を求めたが、青森君の「責任は、対策室が取ります」を聞いて、後ろの仲間達に目をやった。後ろの仲間達は、今の言葉に微笑んでいる。「俺がもし、『危ない』と感じたら。迷わずに逃げて下さい。目の前の利益や、出世の魔力に負けないで」
隊員達は、その言葉にうなずいた。今度は、彼への敬意を込めて。
「死んだら、出世もクソもありません。我々は生きて、出世の道を歩きます。二階級特進は、現場の実績で取りたい」
「そう、ですか。うん」
「だから、行きましょう。敵の罠がなんであれ、我々には『それ』を助ける義務があります」
豊樹は、その言葉に表情を変えた。自分の不安を取りはらうように。豊樹は自分の正面に向きなおって、迷宮の中をまた歩きだした。迷宮の中はやはり、静かだった。さっきの違和感ではないが、敵らしい敵が出てこない。「遠くの方で音が聞えた」と思ったら、ただの聞き間違いだった。豊樹は「それ」に目を細めて、迷宮の中を進みつづけた。
……迷宮の中に異変が起きたのは、それからすぐの事だった。西洋ファンタジーの中に出てきそうなドラゴン。それ等が豊樹達の前に現われたのである。豊樹は敵の出現に表情を変えて、自分の右手を挙げた。後ろの隊員達に伝える合図、「戦闘準備」の合図である。
「コイツ等もたぶん、偽獣だ。今までの傾向から見ると、その可能性が高い。通常の怪物と違って、人間への警戒心が見られる」
隊員達は、その言葉に「ホッ」とした。相手が本物の怪物でないなら、必要以上に怖がる事はない。怪獣達の体に銃を向ける時も、その空気に余裕を感じてしまった。隊員達は真剣な顔で、偽獣達の体を狙った。「豊樹さんは、下がって。ここは、我々が引き受けます」
豊樹は、その声に応えなかった。彼等の声は正しいが、それでも「止めよう」と思ったからである。この怪物達を倒しても、また新しい敵が現われるかも知れない。そうなれば、彼等の生存率も落ちる。
自分は(最悪の場合)素手でも相手に勝てるが、彼等が「それ」で勝つのは「無理だ」と思った。豊樹は「それ」を考えて、彼等に「防御態勢」を命じた。「みんなの弾は、無限じゃない。目の前の敵に一々撃っていたら、肝心な時に使えなくなる。みんなは、大事な時に使ってくれればいい」
隊員達は、その意見に戸惑った。それでは、何の意味もない。「彼の仲間」として「役立ちたい」と思った筈が、これでは足手まといになってしまう。各々の組織から頼まれた任務が、「無意味になってしまう」と思った。
隊員達は彼の意見に歯向かおうとしたが、青森から「ここは、豊樹さんに任せましょう」と言われた事で、その戦意を「うっ」と抑えてしまった。「しかし、それでは!」
青森は、その言葉に微笑んだ。「貴方達の気持ちは、よく分かります」と言う顔で。「大丈夫です。豊樹さんも、皆さんの気持ちは分かっていますから。その上で、皆さんの命を重んじたんです。『ここは、自分に任せて欲しい』と。豊樹さんは、人の死を嫌う人ですから」
隊員達は、その言葉に表情を変えた。内心ではまだうなずけなかったが、対策室の彼がそう言う以上は、隊員達も無視できなかったのである。彼等は自己の防衛だけに徹して、「豊樹の戦いには手を出さない」とうなずき合った。
「分かりました。但し、我々が『動く』と決めた時は……その判断に従わせて頂きます。我々も、遊びに来たわけじゃありませんからね? 『必要』とならば、相応に働かせて貰う」
青森はまた、彼等の言葉に微笑んだ。相手の厚意を思うように「クスッ」と笑ったのである。青森は自分の正面に向きなおって、自分の仕事にまた意識を戻したが……。
それと合わせて、もう一人の人間も動いていた。対策室の補助要員として呼ばれた森口。彼もまた、黄木室長に自分の仕事を伝えていたのである。森口は自分の席から立って、室長の前に歩みよった。
「『想定の範囲内』と言えば、それまでですが。しかし、あまりに早すぎる。我々の力はまだ」
「相手に及ばないかも知れない。でも、それでも、戦わなければならない。俺達が人類の命運を握っている以上は」
森口は、その比喩に吹き出した。確かに間違ってはいないが、命運はちょっと言いすぎである。我々はあくまで国の機関であり、国の駒でしかないのだ。国の駒でしかない我々が、そんな命運を握れる筈がない。命運の名を借りた、仕事が精々である。
森口はそう笑って、目の前の男を見かえした。「確かにね? ですが、現実は非情です。我々がどんなに動こうと、その努力を打ち崩す。今回も、それが破られたんですから。本当に困ります。迷宮が別の場所にも現れなんて」
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