第30話 英雄の仲間(イケメン)達(※三人称)

 英雄の不在は、退屈だった。魔王が倒されたのは良かったが、刺激らしい刺激がほとんどない。土地の中に出てくる怪物達も、前よりずっと弱くなっていた。彼等は、その現実に落ちこんだ。国からは膨大な報酬を貰っていたものの、「それ」とは違う刺激に飢えていたのである。


 冒険の浪漫が感じられない貴族生活は、彼等には少し上品すぎていた。毎夜のように行われる舞踏会もつまらない。舞踏会の中で飛び交うお世辞も、彼等には耳障りな雑音でしかなかった。彼等は「華やかな屋敷」には合わない服装で、そのベランダから夜空を見上げた。「魔王と戦っている時には、思わなかったけど。『平和』って言うのは、意外と暇なんだね?」

 

 そう呟いた魔術師に修道士も「確かに」とうなずいた。彼等は(冒険メンバーの中では)後方支援が主だったが、それでもやり甲斐は感じていたようで、今のような地位に落ちついても、あの不安定な日々が忘れられないでいた。「あれだけ怖かったのにさ? いざ、終ってみると」

 

 寂しい。それは、格闘家も同じだったようだ。彼は二人の真ん中に立つと、不慣れなワイングラスを持って、その中身を「ゴクン」と飲みほした。「何度も死ぬ思いをしたが。アレはアレで、楽しかったのかも知れない。今の生活を思えば、『より生きている』と思える生活だった」

 

 猛獣使いや槍使いも「それ」にうなずいたが、錬金術師だけは「僕は、御免だね」と言いかえした。錬金術師は先の二人を無視して、格闘家に自分の意見を漏らした。「あんな体験は、もう。僕は、今の生活が続いていけば」


 今度は、槍使いが彼の言葉を遮った。彼の言葉に何か、違和感を覚えたらしい。「その割には何だかつまらなそうじゃないか、お前も? 俺の勘違いでなければ」


 錬金術師は、その言葉に黙った。思わぬ相手に思わぬ事を言われて、思わず驚いてしまったらしい。彼の親友である弓使いに「どうした?」と聞かれた時も、それに「う、ううん」と言いよどんでしまった。


 彼は複雑な顔で、自分の足下に目を落とした。が、そう言う空気が嫌いな者も居るらしい。彼は槍使いへの反論を述べようとしたが、罠士に「それ」を阻まれてしまった。彼は二人の間に立って、お得意の陽気さを見せた。


「まあまあ、みんながどう言う気持ちであろうと。今がつまらないなら、次の浪漫を見つけりゃいい。肝心の主人公様は居なくなったが、それで何もかもが終わりじゃないだろう? 世の中には、娯楽がたくさんあるんだから」


 賭博屋も、それに「確かに!」と叫んだ。彼は愛用のダイスを弄って、地面の上に「それ」を投げた。「オレ等は、魔王とのゲームに勝っただけだ。世界の命運を賭けた、ゲームに。ルーレットの目が赤だっただけで、それが『終わり』とは限らないだろう。次の勝負では、黒に入るかも知れない」


 医者は、その言葉に異論を述べた。彼の気持ちは分からないでもないが、それでも素直にはうなずけないらしい。賭博屋が彼の顔に目をやった時も、それに「ううん」と唸ってしまった。


 医者は建物の外壁に寄りかかって、相手の目を見かえした。「『その目が、仮に黒だった』として? その黒って言うのは、どう言う勝負だ? この世界にはもう、人間の敵は居ないんだぞ?」


 学者も、それに「確かに」とうなずいた。彼は医者の隣に近づいて、彼のグラスに目をやった。彼のグラスは、ほとんど減っていない。「まさか、人間と戦うつもりか?」


 音楽家は、その言葉に吹き出した。彼の想像が、余程に面白かったらしい。「それは、良いかもね? 人間の敵は、魔物だけじゃない。今は平和を保っているが、その内にまた乱れはじめる。魔王の力に圧せられた人々が、今度はその覇を競いはじめるだろう。人間は元来、戦うのが好きな生き物だから」

 

 医者は、その言葉にうつむいた。特に「戦いが好き」と言う部分、これには肩を落としてしまったらしい。音楽家が「冗談だよ」と笑う横で、それに眉を寄せていた。「仮にそうでも、やっぱり嫌だね。人が死ぬのは」

 

 仲間達は、その言葉に黙った。人の死に最も関わる職業である以上、彼には「死」と言う概念が辛いらしい。「死者への弔い」が仕事である修道士も、彼と同じような表情を浮かべていた。彼等は「危険」の中にあった浪漫を懐かしがる一方、「平和」の中にある恩恵を感じはじめた。「ちょっと贅沢だったかな?」

 

 そう呟く格闘家に音楽家も「かもね?」と微笑んだ。音楽家は自分のワインを呷ったが、今の言葉に何かを思ったようで、仲間達の視線にも「クスッ」と笑いかえした。「今はとにかく、今の平和を楽しもう。平和にも、平和の娯楽がある。こんな風に笑い合えるような、そんな楽しみもあるからね? 戦乱の中では、笑いすらも起こらない。戦乱の過去に笑えるのは、今が平和である証拠だ」

 

 仲間達は、その言葉にうなずいた。平和の中に退屈を感じていた彼等だが、今の台詞で「平和は、いい」と思いなおしたらしい。仲間の中で一番に荒っぽい格闘家も、彼の言葉に「うん、うん」とうなずいていた。


 仲間達は夜の風に当たって、平和の世界に酔いしれた。「まあ、とにかく。俺達は、戦いに勝った。『魔王』と言う強敵を倒して、この世の平和を取りもどした。それまでに失われた物は、多かったけれど。今の平和は、それに等しい安息だ」

 

 医者は、その言葉に微笑んだ。今までの流れに孤独感を覚えていた彼だが、こう言う流れに戻った事で、本来の安心感を取りもどしたらしい。彼は穏やかな顔で、屋敷の中に戻ろうとしたが。


 彼が仲間達の前から歩きだしたところで、賭博屋にその歩みを止められてしまった。医者は彼の方に振りかえって、賭博屋の顔に目をやった。賭博屋の顔は、いつもの真顔に戻っている。「どうしたの?」

 

 賭博屋は、その質問に答えなかった。視線の方は医者を見ていたが、質問の答えに少し戸惑ってしまったようである。彼は地面の上にダイスを投げると、真剣な顔でダイスの目を眺めた。「?」

 

 今度は、医者が黙った。質問の意図を察した仲間達も、彼と同じように黙った。彼等は真剣な顔で、地面の上に転がるダイスを眺めつづけた。「上手くは、やっているだろう」

 

 そう考える修道士に音楽家も「彼ならね?」とつづいたが、錬金術師の青年は「それ」に「うん」とうなずけなかった。彼の反応を見ていた、槍使いも彼と同じように唸っている。彼等は「修道士達」とは違う反応、「不安」と「恐怖」とが入り交じる顔を浮かべていた。「雑魚相手なら問題ないだろう。だが」

 

 それが、強敵なら別だ。彼の力を推しはかる限り、そう言う相手には苦戦を強いられる筈である。現に魔王を倒した時も、(「彼の力が大部分を占めていた」とは言え)自分達の力が無ければ、魔王には到底敵わなかった。彼等は英雄の記憶を思って、その現在に眉を寄せた。「アイツは、大丈夫だろうか? たった一人で、魔王と戦って?」

 

 残りの仲間達は、その質問に黙った。それに答えられる者は、誰も居ない。ただ、重苦しい空気に黙るだけだった。彼等は医者の後につづいて、館の中に入った。自分達の作った空気に耐えられなくなったらしい。彼等は館の中に入った後も、一部の飲み足りない者だけを除いて、それぞれの部屋に引っ込んでしまった。「腑抜けていたな」

 

 そう呟いたのは、ソファーの上に座った槍使いだった。彼はテーブルの上にグラスを置くと、仲間達の背中を見送って、自分の正面に向きなおった。彼の正面には、魔術師が座っている。彼もまた、槍使いと同じ気持ちを抱いたようだった。槍使いは戦友の青年と向き合って、そのグラスをぶつけ合った。


「思慮が足りなかった」


「うん」


「俺達の戦いは、終っていない」


「うん。でも」


「ああ。俺達には、『それ』を成す力が無い。アイツの世界に行く、力が……」


 二人は、自分の足下に目を落とした。己の無力をそっと呪うように。

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