第29話 魔王の精神(※一人称)

 最高の夢だった。神様から「世界を救ってくれ」と言われて、夢の異世界に飛ばされた。創作の世界で描かれる異世界に、主人公の欲を満たしてくれる異世界に。「神様の手違い」と言うお約束を守って、その天国を与えてくれた。


 僕はそこで冒険者の役を賜り、お約束の冒険に、お約束の承認欲求を満たして、誰もが憧れる夢のハーレムを築いた。国の主ですら平伏す、絶対の権力を得た。僕は人間の味わえる快楽、無限の全能感味わったが。

 

 それをアイツに壊された。僕の後任者で、僕と同じ冒険者に。僕が作った楽園を壊されてしまった。僕は(アイツに殺される瞬間)自分の肉体と精神を放して、この世界に精神を戻した。自分の精神さえあれば、その肉体もすぐに取りもどせる。


 人間の生気を集めさえすれば、元の姿に戻られるのだ。僕の精神が消えない限り、その奇跡は決して消えないのである。僕は元の世界に迷宮を作って、その中に人間を放りこんだ。が、最初の一人目は失敗。迷宮の中に獲物を捕らえたところまではよかったが、あの憎たらしい冒険者に奪われてしまった。

 

 僕は、その失態に腹が立った。同じ人間にまた、自分の野望を阻まれるなんて。思いだしただけでも、苛々してしまった。向こうの世界で英雄になったのなら、そこでのんびりとしていればいいのに。


 奴は(あの神に言いくるめられたのか)義理堅そうな性格に従って、この世界にまた舞い戻ってしまった。僕は、その失態に腹が立った。同じ人間にまた、自分の野望を阻まれるなんて。思いだしただけでも、苛々してしまった。向こうの世界で英雄になったのなら、そこでのんびりとしていればいいのに。


 奴は(あの神に言いくるめられたのか)義理堅そうな性格に従って、この世界にまた舞い戻ってしまった。本当に余計な事をしてくれたよ。向こうでも抗って、こちらでも歯向かうなんて。傲岸不遜ごうがんふそんにも程がる。人間は無条件で、神の考えに従わなければならないのだ。

 

 。自然の思考は、絶対の思考。「神に力を託される」と言う事は、自分が「神の代理人になる」と言う事だ。神の代理人には、絶対の権利がある。「自分の力が絶対だ」と言う、それを言いはる権利がある。「あらゆる道理は、自分にある」と、言いはれる権利があるのだ。「自分以外の意見は決して、受けいれない」と、そう言えるだけの権利があるのである。


 だが、奴は壊した。その不文律を壊した。たかが人間の分際で、神の代理人に逆らったのである。これは、絶対に許せない。。僕が求める欲望は絶対であり、僕が求める真理も絶対である。


 僕の意見は、絶対だ。僕の抱く、気紛れも絶対だ。僕が「そうしたい」と思った以上、彼等には「それ」を受けいれる義務がある。僕に好かれた女性は、その衣服を脱ぐ義務がある。僕は「快楽」と言う至上の世界を求めて、それを手にする権利があるのだ。「それなのに?」

 

 奴は、それを壊した? 僕の前に現われて、僕の夢を壊した。神の代理者たる僕を、僕の抱いた夢を? 君は、その他大勢の人間ではないか? 背景の中に居る、ただの人間ではないか? 人間が、神に逆らってはいけない。ましてや、それに楯突くなんて。普通に神経では、ありえない事だった。

 

 支配者は、法である。法は、環境である。環境は、真理である。古今東西の支配者は「それ」が保てなくて、自分の時代を失ったが。僕は決して、そうならない。支配の果てに終わりがあるなら、その終わりを無くせばいいのだ。永遠の世界を作って、それに輪廻を作ればいいのである。


 輪廻の輪が回る以上、僕の支配も終らない。僕の支配は、文字通りの永久機関なのだ。「永久機関」には、それを止める装置が無い。ただ、僕だけの世界が回るだけである。世界は、大きな柵だ。


 柵の中には羊達が住んでいて、監視者達がその羊達を見ている。彼等の毛がどれ程育ったか、その様子を眺めているのだ。彼等の毛を刈るために。彼等自身の虚栄心を活かして、より良い毛を育てているのである。

 

 僕は、それに入りたくなかった。「それに入る」と言う事は、自分の財が搾り取られる事。裏の支配者達に我が人生を食われる事だ。他人のために財産を食われるのは、この上もない屈辱である。


 彼等は様々な洗脳術を使って、人間を経済の奴隷にしたのだ。経済の奴隷になれば、要らない苦しみを得る。下らない思想に躍らされる。自分で自分の毛を肥やして、管理者に「それ」を持って行かれる。「そんなのは、絶対に許せない」

 

 僕は、誰かの資産ではない。世界や国の資源でもない。僕はただ一人、人間の輪から離れた存在だ。人間の輪から離れた存在なら、その仕組みに従う事もない。好きな時に好きなだけ奪う。自分以外の誰かを使って、この世の財を独り占めする。「それで、誰かが死んでも構わない。

 

 僕には、それを叶える権利がある。僕は、神の代理人なのだ。「その延長で」

 今の遊びを楽しもう。この面白い、「迷宮」と言う遊びを。それを統べる、「マスター」と言う役職を。真っ暗な世界に混じって、楽しもうではないか? 


 大人が子どもを苦しめるように。僕もまた、その遊びを楽しもう。僕は椅子の上に座って、机の上に目をやった。机の上には明かりがあり、それが机上の諸々を照らしている。僕が愛する様々な物を。「さて」

 

 次は、何を造ろうか? この混迷たる世界に、僕の元居た世界に。どんな芸術を造ってやろう? 卯までの干支が倒れたのなら……。次は、「たつ」だ。少年の憧れ、東洋のドラゴン。それをもし、迷宮の中に放てば。あの冒険者も、殺せるかも知れない。僕よりも年上に見えたが、その精神は大差ない筈だ。


 そこら辺の兄弟と変わらない。兄貴程度の人間なら、その隙も絶対にできる筈だ。「義心」で動く人間は、「悪心」の前では無力である。人間の闇に負けるだけだ。あの時に勝てたのも、物語のご都合が動いただけである。僕はそう考えて、奴の勇気をほくそえんだ。「せいぜい、苦しむがいい」

 

 僕のやった事を、神域に入った罪を。その身を通して、味わうがいい。たかが人間の分際で、神に逆らうなどありえないのだ。人間は人間らしく、神にヘイコラしていればいい。神のご機嫌を窺って、それに「はい、はい」と従っていればいい。お前達は不完全で、未完成なクズなのだから。クズはクズらしく、高い存在に潰されればいい。自分の上にある、決して届かない存在を仰いでいればいいのだ。


 神様のお気持ちを満たすように。いつでも自分の命を差し出して、その理不尽にすら喜べばいいのである。「自分は、神様に食われたのだ」と、そう喜べばいいのだ。人間には、その義務がある。不条理を「不条理」として、受けいれる義務がある。お前達は「神の模造品」として、生まれたのだから。模造品が、本物に楯突いてはいけない。


「クズは『クズ』として、生きろ。自分に文句を言うんじゃない。お前等にあるのは、永遠の服従だ!」


 僕は、自分の言葉に酔いしれた。こんなに素晴らしい言葉は、僕だけしか言えない。あらゆるモノを見下せる言葉は、この僕にしか許されないのだ。僕だけにしか許されない言葉は、僕だけが使えるのである。


 。「自分だけを愛せる」と言う特権は、何にも増した快楽だ。他人から得られる快楽は、極上の娼婦でも満たせない。「体温」と「体温」の間に距離を覚える。どんなに近くても、そこに他人を感じる。他人は、不快の始まりだ。自分の快を阻む、文字通りの不快である。人間は自分の慰めでしか、自分の事は癒やせない。他人から与えられる快楽では、どこかに理性が入るからである。


 理性の入った快楽は、「真の快楽」とは言えない。真の快楽は、本能だけの快楽である。「それゆえに満たせない。他人の与える快楽では。僕は僕の手で、僕の快楽を満たす。自分の手は、最高の恋人だからね。恋人は、絶対の服従者でなければならない」

 

 僕は「ニヤリ」と笑って、自分の頭上を見上げた。これから起こる、数多の喜劇を思って。

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