第26話 果てしない穴(※一人称)

 知恵は、貰った。あとは、「それ」を使うだけ。そんな事を考えていた俺だが、現実はそう甘くないようである。俺は「特例」の力を使って、各組織に説得を試みたが。「組織」と言うのは、俺が思う以上に頑固らしい。俺も組織の一員ではあったが、ここまで「動くな」と言われたのは初めてだった。

 

 俺は自分の隣に緑川を呼んで、彼にも説得への助力を頼んだ。のだが、これもダメ。「まだ、余力がある」と言う理由から、相手に俺達の推理を撥ね除けられてしまった。俺は、彼等の思考に怒った。信念があるのは素晴らしいが、それが「見栄」になっては仕方ない。自分達の力を信じすぎて、尊い命が奪われては仕方なかった。

 

 俺は各組織の統率者に、隊員達にも人生がある事、守るべき人達が居る事、これからの未来がある事を話した。でも、それでも、聞いて貰えない。「自分達も、上の命令に従っているだけだ」と、そんな風に拒まれてしまった。「貴方の言う事は、正しい。でも、正しいだけじゃ動けないんです。我々には、『組織の面子』と言う物がある。相応の責任がある以上は、相応に働かなければならないんです」

 

 俺は、その言葉に肩を落とした。特例を使えば、彼等の意見も撥ね除けられたのに。胸の中の葛藤が、その意思を挫いてしまった。俺は、自分の正義に落ちこんだ。「何があっても、自分の正義を貫こう」と言う正義に。「俺は、甘ちゃんか?」

 

 赤羽や緑川には、あんな偉い事を言ったくせに。当の自分は、権力に屈する犬なのか? 俺は自分の無力さに打ちひしがれたが、緑川が「それ」に「違います」と言いかえした。

 

 緑川は、俺の目を見かえした。何かこう、強い意志を込めて。


「貴方は、甘ちゃんじゃない」


「そう思う」と、赤羽も言った。「あんな場所に入って、化け物共をぶっ殺せるんだからな。どう見たって、甘ちゃんじゃない。お前は、お前が思う通りの冒険者だ」


 二人は真剣な顔で、俺の目を見つめた。俺の内面を見透かすかのように。「突っ込めよ。俺等は、お前の協力者だ。お前が動きやすくなるなら、首でもなんでも飛ばしてやる」


 赤羽は「ニコッ」と笑って、各組織の責任者達に視線を移した。責任者達は、彼の視線に身構えている。「アンタ等の面子は、分かるよ? でもね」


 責任者達は、その声に固まった。彼の異様な雰囲気に怯えているらしい。


「なんだい?」


「ここばっかりは、『危険だ』と思うよ? 後輩の話じゃ、町の中にも怪物が居るらしいからな? 交通のそれを乱している以上、そっちの方にも人員を割かないと?」


 これが、止めになったらしい。彼等は作戦の穴に気づいたのか、怪物が現われた場所を調べて、そこに残りの人員を突っ込んだ。「怪我人が居た場合は、すぐに手当を。人命の救助を第一にするんだ!」


 隊員達は、その指示に従った。どこか「ホッ」としたような顔で。彼等は最小の人員だけを残すと、救急隊員達とも力を合わせて、今も乱れる町の中に消えていった。俺達は、その背中を見送った。


「さて」


 これは、緑川。


「潰しますか?」


 これは、赤羽。



 俺は、二人の言葉にうなずいた。それ等の声を聞いただけで、本体の闘志を思いだしたからである。俺は二人に連絡係を任せて、迷宮の中に飛びこんだ。迷宮の中は、静かだった。それも、ただ静かなだけではなく。「音」と言う音を殺すかのように静かだった。


 俺は燭台の灯りに照らされた通路を進んで、被害者達が捕らわれているだろう場所を目指した。が、やはり上手くはいかない。俺が迷宮の通路を進む中で、それを阻む敵も現われた。敵は兎の姿で、俺の四方八方、あらゆる退路を塞いでしまった。

 

 俺は、その戦術に目を細めた。包囲殲滅せんめつは基礎中の基礎だが、兎がそれをやるのは超現実的である。彼等には立派な前歯が生えていたが、「それが武器になる」とは思えなかったし、自分の腕をたまたま噛まれた時も、それが特に「痛い」とは思わなかった。俺は相手の口を振りはらって、その肉体を一体ずつ切り刻んだ。「しつこいな。どんなに噛みついても」

 

 無駄。そう言いかけた瞬間に黙った。俺は手前の兎を斬って、遠くの兎に目をやった。遠くの兎は、穴の中に潜っている。迷宮の壁に穴を開けていたのか、そこを何度も行き来していた。俺は兎の動きに眉を上げて、自分の剣を構えなおした。「面倒だな」

 

 一体、一体は弱くても。これでは、無駄に疲れる。次々に出てくるゴミを掻き集めるようだ。兎達が開けた穴も、何処に繋がっているか分からない。「くっ!」

 

 俺は兎達の攻撃に苛立ったが、「これが、奴等の作戦かも知れない」と思いなおして、薄暗い迷宮の中を進みつづけた。……迷宮の中に変化が見られたのは、それから一時間程経った時だった。


 俺はその異変に驚いて、迷宮の中を見わたした。迷宮の中には兎一匹、その影すら見られない。彼等の作った穴だけがあって、それ以外の物は何も見えなくなった。俺は「それ」を訝しんで、その足もすっかり止めてしまった。「なんだ?」

 

 何が一体? 奴等は、何処に消えたのだろう? 侵入者である、俺を残して? 俺は彼等が消えた理由を探したが、その理由はすぐに分かった。突然の振動、グラつく地面。それを感じた瞬間にすべてが分かったからである。


 彼等は、罠を張ったのだ。この場所で、俺が落ちるように。俺の居る地面が、崩れるように。迷宮その物に穴を開けては、その洞穴に「俺を落とそう」としたのである。彼等は真っ暗な空間に俺を落として、その意識をすっかり奪ってしまった。「しまっ、た」

 


 ……目が覚めたのは、いつだろう? 正確な時間は、分からない。落下の衝撃は反射的に抑えたが、身体中の痛みから察して、それなりの傷は負っているようだった。俺は体の痛みに耐えて、その上半身を起こそうとしたが。


 目の前の光景に思わず怯んでしまった。俺は悔しい気持ちで、正面の景色を睨んだ。正面の景色には穴、それも果てしない穴が広がっている。どこからか差しこんでいる光に照らされて、その恐ろしい空洞を見せていた。

 

 俺は、その空洞に怯んだ。空洞の先が見えない事はもちろん、それが放つ圧迫感にも。終らない地獄を思っては、その気配に震え上がったのである。


 俺は穴の先をしばらく見ていたが、「ここに居ても、埒が明かない」と思って、目の前の通路を歩きはじめた。が、歩いても、歩いても、終らない。通路の先に曲がり角が見えても、そこに行けばまた通路が見えてしまった。

 

 俺は、その光景に立ちつくした。これが意味するところは一つ、俺と兎の根比べだったから。うねりつづける通路にも、ある種の目眩を感じてしまった。俺は頭の目眩を抑えて、自分の頬に気合いを入れた。「上等だ」

 

 そっちがその気なら、こっちもその気で行く。自分の足が動かなくなるまで、この通路を進んでいくだけだ。一日、二日の徹夜なら、向こうの世界で経験済みである。


 俺は鞘の中に剣を戻して、その果てしない道を歩きつづけた。道の空気がどんどん重くなっても、そして、周りの灯りが少なくなっても。「道の向こうに終わりがある」と信じて、自分の足を動かしつづけたのである。


 俺は一日の大半は徒歩、その途中で何度か休みを入れ、このウンザリする通路を進みつづけた。通路は、その二日後に途切れた。曲がりくねった通路の形に気力を失いかけた頃、その先に妙な気配を感じて、この足を一気に走らせたのである。


 俺は自分の頬に風を感じつつも、うれしい気持ちで穴の中から出た。……穴の外は、地獄だった。地面の至るところに死体が転がっている。それも、体が干からびた状態で。その体から生気を抜かれていた。

 

 俺は、その光景に奥歯を噛んだ。……遅かった。俺が穴の中を進んでいる時点で(あるいは、迷宮に入った時点で)もう、彼等の命は奪われていたのである。あの憎たらしい触手に捕まって、自身の体から未来を奪われていたのだ。「情けない」

 

 彼等の事を救えなかった自分が、そして、自分の背中に背負っている覚悟が。本当に情けなかった。俺は自分の非力さを投げていたが、それを遮る敵が現われてしまった。普通の雑魚よりもずっと大きい兎。兎の前歯は鋭く、その爪も尖っていた。

 

 俺は、目の前の敵を睨んだ。有りっ丈の殺意を込めて。「陰険な兎、め。すぐに切り刻んでやる」

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