第18話 暇潰しの道具(※一人称)

 まさか、「使う」とは思わなかった。森口から渡された閃光弾が、こんなところで役立つなんて。現代兵器を疑っていた俺には、俄に信じられなかった。俺は拳銃の件もそうだが、現代兵器の優秀さに改めて「凄い」と思ってしまった。「現代兵器」とは、俺が思う以上に優秀なようである。俺は閃光弾の光にやられた敵を見て、その体に刃を突き刺した。「夜襲も良いが、こちらの力を侮ったな?」

 

 敵は、その言葉に応えなかった。俺の剣を受けて、その痛みに悶えているらしい。残りの一体も、同族の様子に怯んでいるようだった。敵は俺の様子をしばらく見ていたが、自分の不利を感じたのか、地の利を忘れて、俺の方に挑みかかった。


 が、そうなればコッチの物。相手が自分の優位性を捨てた時点で、「この勝負に勝てる」と思った。敵は赤羽の存在を忘れて、俺の体に牙を向けた。俺も、相手の体に剣を向けた。俺達は互いの剣と牙、最大の武器を使って、相手の体に斬りかかった。

 

 ……最初に倒れたのは敵、そして、最後に倒れたのも敵だった。俺達は「勝者」と「敗者」に別れて、互いの姿を見つづけた。「呆気ないな。こんなにすぐ」

 

 赤羽は、その言葉を遮った。防壁の中から叫ぶように。「や、やられてもいいだろう? 相手は、とんでもない化け物なんだから!」

 

 俺は、その言葉に苦笑した。確かにそうだ。俺にとっては雑魚でも、コイツにとっては化け物である。化け物は、さっさと倒した方がいい。俺は彼の主張にうなずいて、防壁の中から彼を出した。「悪かったな。でも、もう大丈夫だろう? アイツ等が居なくなった事で、迷宮の中がまた明るくなった」


「え?」と、赤羽。「本当か?」


 赤羽は不安な顔で、自分の周りを見わたした。彼の周りには、最初の灯りが戻っている。


「た、確かに! でも、どうして?」


「分からない。だが」


「だが?」


「そう言う罠だからだろう? 奴等は、夜にも慣れている。夜は、襲撃に向いている時間だ。昼型の動物は眠っているし、視覚の優れた動物にも通じる。その意味で」


「夜襲は効果的な手、か? なるほど。でも、それなら」


「うん?」


「どうして、これだけ? これが有効な手なら、このまま攻めつづければ」


「倒せる、そう考えるのは自然だが。そうは行かないのが、現実だ。敵はまだ、本来の力を取りもどせていない。本当なら、すぐに叩き潰せるところを。奴等は『回復までの時間稼ぎ』として、この迷宮を作っているだけなんだ。怪物よりも弱い、偽獣を使って。本当の怪物を使ったら、こんな程度じゃ済まないだろう」


 赤羽は、その言葉に固まった。今の言葉が、驚きだったに違いない。「事前の情報がある」とは言え、その動揺は隠せないようだった。彼は呆然とした顔で、懐中電灯の灯りを消した。「つまり、これは『イージーモード』って事か? ゲームで一番やりやすい、初心者用のモード。それを今、二人で『やっている」ってわけか?」


 俺は、その質問にうなずいた。「下手な言い訳は、逆効果」と思ったからである。俺は「それ」に加えて、彼に「ああ。それも、最新の装備を持って」と言った。「俺達は人間の力で、魔王の時間稼ぎに挑んでいるんだ」


 赤羽は、その言葉に黙った。今の言葉が、相当に悔しかったらしい。彼が握る両手の拳は、俺が驚く程に震えていた。彼は地面の上を踏みつけて、俺の顔を見かえした。「ふざけてやがる」


 そしてもう一度、「ふざけている!」と叫んだ。これは、相当に怒っている。「俺達、人間をバカにして! 俺達だって、暇じゃないんだ! 毎日、毎日、つまらない日常を送って。それでも、くっ! 俺達は、暇潰しの道具じゃないんだ!」


 そう言いおえた彼が泣きだしたのは、自分の気持ちを抑えられなかったからか? とにかく、「冗談じゃない」と思ったのは確かだった。彼は俺の目を睨んで、俺に「さっきのヤツを寄越せ」と怒鳴った。「あの拳銃、もう一回貸せ。アイツ等の脳天にまた、鉛玉をぶち込んでやる!」


 俺は、その言葉に驚いた。驚いた上で、それに「分かった」と微笑んだ。俺は鞄の中から拳銃を取りだすと、拳銃に満タン分の弾を入れて、彼にそれを渡した。「防音装置は、付けるか?」


 その答えは、「要らない」だった。「音が小さくても、襲われるんだ。襲われるなら、堂々と鳴らしてやる。音が大きけりゃ、アイツ等も怖がるだろうかな?」


 赤羽は、借り物の拳銃を構えた。それが、妙に似合っている。


「何だよ?」


「あ、いや、別に? ただ、『慣れた感じだな?』と」


「子どもの頃は……本当はダメだったが、友達とエアガン戦争をしていたからな? 山の中に入って、相手の体に弾を撃ち合うヤツ。本当は、サバゲー用のゴーグルを付けなきゃならないけど。お陰で、身体中が痛かった」


 俺は、その言葉に吹いた。「男子」と言うのはどうも、そう言うのが好きらしい。本能の内に「戦い」を求める。俺も(子どもの頃は)、友達と似たような事で遊んでいた。俺は彼の生い立ちに親近感を覚えたが、同時に男子特有の危機感も覚えた。


「赤羽」


「ああん?」


「『ヒーローになろう』とするなよ? 今のお前は言わば、興奮状態だ。右手の拳銃に当てられて、ある種の全能感を覚えている。全能感は、破滅の第一歩だ。自分の足下をすくわれる」


 それを聞いた赤羽の表情が変わったのは、その内心に恐怖を思いだしたからだろう。彼は今までの興奮を忘れて、彼特有の冷静さを思いだした。「ああうん、分かったよ。悪い」


 俺は、その言葉に首を振った。それを聞かれたら充分、この先も一緒に進んでいける。誰かが自分勝手な状態になるのは、団体行動で最も危険だからだ。その意味で、彼の自制心は有り難いのである。「それじゃ、行くぞ?」


 赤羽も、それに「ああ」とうなずいた。赤羽は俺の後ろについて、迷宮の中をまた歩きはじめた。迷宮の中は静か、なのだろう? 赤羽は少なくとも、そう感じているらしい。「自分達の足音以外は、何も聞えない」と、そう思っているようである。


 が、俺の方は違った。表面上では足音しか聞えない迷宮の中に何か、「殺気」のような物を感じていたのである。赤羽が迷宮の角を曲がった時も、その不気味な殺気を感じていた。赤羽は俺の異変に気づいて、目の前の俺に話しかけた。「どうしたんだよ?」

 

 その質問に答えられなかった。下手な気休めは、「逆効果」と思ったから。質問の答えに言いよどんでしまった。俺は自分の後ろを振りかえって、赤羽に「気をつけろ」と言った。「何かの気配を感じる。?」

 

 赤羽は、その言葉に足を止めた。俺の指示に思わず固まったらしい。「分かった」と言う返事にも、緊張が感じられた。彼は自分の武器を構えて、迷宮の壁を見はじめた。迷宮の壁には、例の草原が広がっている。「何も見えない、か。ちくしょう。何が密林の王者だ。コソコソと動きまわって。お前も、獣なら」


 堂々としろ。そう叫ぼうとした彼だが、頭上から感じた殺気に怯んでしまった。彼は自分の頭上に銃口を向けられないまま、悔しげな顔で頭上の化け物に驚いた。「そんな、まさか?」


 。虎は地球の重力を無視して、赤羽の体に飛びかかった。赤羽は、それに驚いた。俺も、彼の様子に驚いた。俺達は思わぬ敵の奇襲に驚いたが、赤羽の反射神経が思った以上に良かった事と、俺が彼の上に防壁を作った事で、虎の奇襲から赤羽を守る事ができた。


「野郎、上からなんて卑怯だぞ? 怪物なら正々堂々」


「そんなモンが、通じるか! 相手は、猛獣。狩る時はいつだって、狩る。赤羽の頭上に隙があったなら、それを狙うのは当然だ。奴等は、お前が思う以上に黒い」


 俺は赤羽の怒りを制して、虎の方に向きなおった。が、その虎が居ない。上下左右、どこを見わたしても見当たらなかった。俺は赤羽の周りにも防壁を作って、迷宮の壁を見わたした。迷宮の壁には、例の草原が広がっている。壁の向こうに広がって、その中に奥行きを作っていた。


 俺は、その光景に苛立った。これはもう、隠れるなんてレベルではない。自分の姿を隠せるレベルだ。背景の中に溶けこめる虎。それと今、戦っているのである。俺は自身の気持ちを引きしめて、長年の相棒を構えた。「いいだろう。そっちがその気なら、こちらも全力で潰してやる。その透明な体ごと」

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