第17話 危ない橋は、渡らない(※三人称)

 弾は、効いた。銃声の方も、そんなに大きくなかったし。赤羽が虎の頭に弾を撃ちこんだ瞬間、それが頭の中を貫いた。虎は、その衝撃に飛び上がった。自分の身に何が起きたのか? 


 それが分からないまま、悲痛な叫びを上げて、地面の上に倒れたのである。それを見ていた周りの虎達も、魔法薬の匂いにまた酔いしれるまで、迷宮の中を見わたしていた。彼等は自分の思考を失うと、地面の上にまた寝そべりはじめた。

 

 赤羽は、その光景に尻餅をついた。銃の衝撃が怖かった事もあるが、「自分が怪物を倒した」と言う事実に驚いてしまったらしい。地面の上に銃を捨てた動きからも、それが伝える重さに「怖がった」と言うよりは、「狩猟の感触に驚いた」と言う方が正しかった。


 赤羽は「不安」とも「興奮」とも言えない顔で、豊樹の顔に目をやった。豊樹の顔は、彼に「ニコリ」と微笑んでいる。「お、俺、やったのか? その銃で、怪物の頭を?」

 

 豊樹は、その質問にうなずいた。彼の勇気をそっと称えるように。「ああ、見事に撃ちぬいたよ? お前は前の二人もやれなかった、怪物倒しをやり遂げたんだ」

 

 それを聞いた赤羽は笑い……いや、笑ったわけではない。乾いた笑いが出ただけだ。「達成感」と「喪失感」が混じった笑い、それが思わず出ただけである。彼は自分の倒した偽獣をしばらく見ていたが、気持ちの方をいくらか落ちつけると、今度は地面の上に捨てた拳銃を拾って、豊樹の方に歩みよった。「ありがとう」

 

 もういい。彼はそう、豊樹に言った。今の一発で、「もういい」と思ったらしい。「後は、アンタがやってくれよ?」


 その答えは、「分かった」だった。「素人の彼に無理はさせられない」と思ったようである。豊樹は赤羽から銃を受けとって、残りの虎達を撃ちはじめた。赤羽が狙ったところと同じ、虎の頭を狙って。「残りの敵にも効くかどうか」を一体ずつ試したのである。


 彼はすべての獲物を狩りきると、穏やかな顔で赤羽の方を振りかえった。赤羽は、彼の眼光に固まっている。「新発見だな。コイツ等くらいなら、拳銃でも殺れるらしい。向こうの世界には、重火器がなかったからな? 飛び道具も、弓矢くらいしかなかったし。これなら、軍隊の小銃でも倒せるだろう」

 

 赤羽も、それに「らしいな」とうなずいた。(効果の範囲は、分からないが)これなら、現代の人間でも戦える。緑川達から聞いたようなボス級には分からないが、少なくとも雑魚には通じるようだった。


 雑魚には現代兵器が通じるなら、自分達も迷宮に赴かなくて済む。戦いのプロが、迷宮の中に入ればいい。豊樹も戦いのプロだが、人海戦術の面から見れば、彼一人よりも軍隊の方が心強かった。赤羽はそう思って、自分の頭を掻いた。


「俺の役目も、終わりかな?」


「……いや、まだ終らないだろう」


「え?」


 それは? 相手の攻略法が分かった以上、対策室も終わりだろうに? 赤羽は不安な顔で、豊樹の顔に目をやった。「まだ、終らないのか?」


 豊樹は、その質問に眉を寄せた。「公務員」の世界に詳しくはないが、それでも「甘い」と思ったらしい。鞘の中に剣を戻す動きからも、ある種の呆れが感じられた。豊樹は赤羽に目配せして、迷宮の中をまた歩きだした。赤羽も、その後につづいた。


「『国』と言うのは結構、したかだからな? 『本音』と『建前』の使い分けが上手い。表面上では『力』を使っても、裏では『悪知恵』を使うだろう。。自信の被害を最小限に」


「抑える? そんな事!」


「ありえるだろう? 現にお前がそうじゃないか? 安定した地位で、安定の生活を送りたい。公務員の全員が『そう』とは言わないが、お前のような人間も少なからず居る筈だ。『危ない橋は、渡らない』と、そう考える者も少なくない。人間は、お前が考える以上に狡いからな?」


 赤羽はまた、彼の言葉に黙った。彼の言葉を聞いて、色々と思うところがあるらしい。彼は自分の動揺が収まるまで、豊樹の背中に話しかけなかった。「アンタの居た世界も、そうだったのか?」


 今度は、豊樹の方が黙った。今の質問に虚を突かれたようである。彼は赤羽に背を向けたまま、迷宮の壁を伝って、その通路を歩きつづけた。


「王は貴族を疑い、貴族は平民を疑い、平民は王を疑う。人間は『共通の敵が居た』としても、互いの関係に不安を抱く物だ。『自分の命が奪われるのではないか?』と。彼等は敵意のある笑顔を使って、相手の動きを絶えず見張っている」


「悲しい世界、だな……」


「ああ……。だからこそ、人の心を信じたくなる。心の中にある、光を信じたくなる。俺が向こうで冒険者をつづけられたのは、それを見せてくれた仲間が居たからだ」


 赤羽は、その言葉に微笑んだ。まるでそう、その言葉に心を揺らすように。


「凄いよ」


「うん?」


「アンタは、人間を信じているんだな?」


 豊樹は、その言葉に振りかえった。後ろの赤羽にそっと微笑むように。


「いや」


「え?」


『信じたい』と思っているだけかも知れない。『自分の気持ちを保とう』と」


 豊樹は「ニコッ」と笑って、自分の正面に向きなおった。彼がそう言った瞬間、通路の向こうに殺気を感じたからである。彼は後ろの赤羽を制して、通路の先に目をやった。通路の先には、闇が広がっている。今までの風景を溶かすような、そんな感じの闇が広がっていた。豊樹はその闇に触れて、「あそこには、罠がある」と察した。


「赤羽」


「うん?」


「灯りは、持っているな?」


「あ、ああ! 支給品の中にある。防水性の懐中電灯だ」


「そうか、ならいい。俺も一応、持ってきた。前回の件もあったし、一応の備えとして」


 豊樹は鞄の中から灯りを出して、通路の先を照らした。赤羽もそれに倣って、彼の後につづいた。彼等は暗闇の中を照らして、周りから聞えてくる音、気配、殺気に注意を向けつづけた。「静かだな」


 本当に何も聞えない。二人の足音だけが、迷宮の中に響いた。二人は壁の感触と、懐中電灯の灯りを頼りにして、終わりのない通路を歩きつづけた。が、それに異変を感じたらしい。周りの景色からは何も分からないが、足音の中に妙な違和感を覚えたのである。


 彼等は互いの体を照らして、それから通路の先に光を戻した。通路の先はやはり、真っ暗な闇に覆われている。「変だな」

 

 そう呟く豊樹に赤羽もうなずいた。赤羽は自分の後ろを照らして、その先に異様な気配を覚えた。「た、確かに。俺も上手くは言えないが、誰かにつけられているような?」

 

 そんな気配が感じられた。赤羽は不安な顔で、豊樹の背中に目をやった。豊樹の背中も、彼の意見にうなずいている。「どう、する?」

 

 豊樹は、その質問に答えなかった。質問の答えが出せなかったのかも知れない。こう言う場面には慣れている彼だったが、やはり慎重に鳴らざるを得ないようだった。豊樹は赤羽と前後を入れかえて、彼の後ろを守りはじめた。「後ろに気配を感じる以上、こうするのが最善だろう。お前の背中を守った方が、その命も守りやすくなる」

 

 赤羽は、その言葉に謝った。それが「彼の役割」と言え、赤羽なりに「申し訳ない」と思ったらしい。豊樹が彼に「大丈夫だ」と言った時も、それに「すまねぇ」と謝っていた。赤羽は自分の正面に向きなおって、正面の通路を照らしはじめた。


 が、それに合わせて……「あっ」と驚いてしまった。彼が懐中電灯で通路の先を照らした瞬間、通路の先に不気味な光が見えたからである。光は(二つ?)は空間の上を漂って、赤羽の方にゆっくりと近づいていた。


 赤羽は、その光に震えた。「これは、豊樹に知らせなければならない」と。

「豊樹」


 その返事は、なかった。赤羽がまた、「豊樹!」と叫んだ時も同じ。その無言を貫いている。まるで何かを悔しがっているように、その口を閉じていた。赤羽は「それ」を不審がって、彼の方を思わず振りかえった。豊樹は通路の一点、不気味な光が見える一点を見つめている。


「そんな、まさか?」


 後ろにも?


「俺達」


「ああ」


 ここでようやく、喋った。豊樹もまた、この状況が分かっているらしい。「、まんまとやられたよ。暗闇は、奴等の得意分野だ」


 豊樹は「チッ」と苛立って、鞄の中に手を入れた。そこから何かを取りだすようだが、赤羽には「それ」を察する余裕が無かったのだろう。豊樹に「落ちつけ」と宥められるまで、右手の懐中電灯を揺らしていた。豊樹は防壁の中に赤羽を入れて、迫りくる敵に視線を移した。


「赤羽」


「なんだよ!」


「俺が合図を送ったら、すぐに目を瞑れ」


「目を? それで」


 助かるのか? そう訊こうとした瞬間、豊樹に「瞑れ」と命じられた。赤羽は、その指示に従った。瞼の裏に眩い光を感じて。

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