第14話 赤羽の不満(※一人称)
政府の緊急会見。それがなされるのは分かっていたが、実際に起こると複雑だった。会見の内容は、分かる。それを聞いた国民が、どう思うかも分かる。海外諸国がどう動くかは分からないが、それでも何かを感じるのは確かだった。俺は対策室のテレビを眺めて、そこから様々な想像を膨らませた。「混乱、か。それとも」
カオス。そう応えたのは、赤羽だった。彼は青森君や緑川と違って、今の状況に冷笑を浮かべていた。「世界中を巻きこんだカオスだよ。昨日までの常識が、今日の非常識なるなんて。まともな精神がぶっ壊れちまう。それこそ、コロンブスもびっくりする程に。今の状況を喜んでいるのは、マスコミ連中だけだ」
俺は、その言葉に口を閉じた。確かにそう、かも知れない。「いいね」欲しさに動いているバカもいるが、大半は「それ」に利益を感じた者だけだ。まだ見ぬ世界に触れて、そこに利益を得ようとする者達。新しい金塊を掘ろうとする者達。彼等は「専門家」と言う免罪符を付けて、その新しいカモに浮ついていた。俺は、その光景に頭を掻いた。
「だが、それも収まるだろう。迷宮の本質を知れば、そこから逃げる事も」
「甘いね」
そう笑う赤羽は、どこまでも不敵だった。まるでそう、俺の甘さを責めるように。「連中は、プロだ。『これは、美味しい』と思えば、どんな場所にも入りこむ。長官様がおっしゃった『冒険者』って言葉にも、顔を輝かせていたからね? 子どものように群がってくる筈だ。アンタが今、どこに住んでいるかも含めて。秘密の先をすぐに突きとめてくる」
そうなりゃ、アンタも大変だろう。赤羽はそう言って、俺にまた微笑んだ。「アイツ等に守秘義務は、効かない」
俺はまた、彼の言葉に黙った。その言葉は(悔しいが)、「尤もだ」と思ったからである。迷宮の存在が知られた以上、俺の事もまた同じように知られるだろう。「迷宮の中に入れる存在」として、すぐさま知られるに違いない。俺は現在科学の恐怖に触れて、部屋の壁に思わず寄りかかってしまった。「面倒だな」
赤羽も、それに「まったく」と応えた。赤羽は机の上から足を降ろして、パソコンの前にスマホを滑らせた。「本当に生きづらいよ。お互いがお互いを見張る社会なんてさ、普通に生きても息が詰まる。たった一つの情報が、世の中を変えちまうなんて」
青森君は、その言葉に顔を曇らせた。彼もまた、それに思うところがあるらしい。俺や緑川も同じだが、ある種の嫌悪を見せていた。彼は机の上に目を落とすと、パソコンの画面に目をやって、その画面をじっと見はじめた。パソコンの画面には、役所共有のメールボックスが映っている。
「問い合わせも凄いですよ。今までは、見向きもしなかったのに。今日は、質問の嵐です。『有効な対策を教えてください』と、テンプレ無視に送ってくる。ぼく達だって」
そう落ちこむ彼に黄木室長も「確かにね」と微笑んだ。彼は自分のお茶を啜って、机の上に湯飲みを置いた。「分からない事が、多い。『役所』って言うのはどうしても、頭だけで動こうとする。俺が今まで見てきた限りでは、ね? 大抵の奴は、優秀なんだが」
俺は、その言葉に眉を寄せた。それにある種の、室長の苦悩を感じたから。「何かを言おう」と思っても、その言葉自体が見つからなかった。俺は対策室の中を回って、青森君の隣に立った。青森君は不安げな顔で、俺の顔を見上げている。「俺も不本意だが。知られた物は、仕方ない。問題は、これからどうするかだ? 世間に俺達の存在を知られた上で」
青森君は、その返事に言いよどんだ。彼も彼で「仕方ない」と思っているようだが、その本音はやはり複雑らしい。緑川の顔に視線を移した時も、彼の視線にうなずいただけで、それ以上の反応は見せなかった。青森君は、俺の顔に視線を戻した。「やるしかありませんよ。ぼく達は、そのために集まったんだし。個人の意思なんて」
緑川も、それに「関係ないでしょう」とうなずいた。彼は青森君程ではないが、不機嫌な顔で机のパソコンを睨んでいた。「僕達はもう、あの中に入ってしまった。世間の人達が言う、迷宮の中に。国の命令で、入ってしまったんです。国の公僕である僕達が、その指示に逆らえる筈がありません」
赤羽は、その言葉に舌打ちした。今の言葉が、相当に不服らしい。床の上を踏みならす態度からも、その苛立ちが窺えた。彼は椅子の背もたれに寄りかかると、机の上にまた足を乗せて、部屋の天井に「ウザってぇ」と呟いた。「本当にウザってぇよ、こんな事件に巻きこまれてさ。面倒臭いにも、程がる。俺等は、国の何でも屋じゃねぇんだぞ?」
「確かにね」と、室長。「だが、それが現実だ。我々は自己の意思に関わらず、その役目を果たさなければならない。それが、どんなに酷い事でもあっても」
室長は、俺の顔に視線を移した。今の空気をそっと変えるように。
「豊樹君」
「はい?」
彼には、敬語を使う。俺よりも年上だし、ここの責任者でもあるからだ。責任者には、相応の態度を見せなければならない。「仕事だ」
それで、察した。どうやらまた、現われたらしい。
「何処です?」
「大都会の真ん中さ。多くの歩行者が行きかう、交差点。そこに迷宮が現われたらしい。迷宮は、数人の通行人を」
「飲みこんだんですか、一人ではなく?」
室長は、その質問にうなずいた。一切の躊躇いもなく。「目撃者の話では。迷宮が一人以上の人間を飲みこんだのは初めてだ」
俺は、その言葉に震えた。それがもし、本当ならば。迷宮が進化している。今まで取りこんだ(一応は、助けだしたが)人間の生気を使って、その力を強めていた。俺は室長の目を見かえして、その瞳をじっと見はじめた。「不味いですね?」
室長も、同じ事を言った。彼は俺の顔を見、つづいて赤羽の顔に目をやった。赤羽の顔は、今の会話に口を開けている。
「赤羽」
「はい?」
「今日は、君の番だ」
それに「イラッ」とした、赤羽。赤羽は「ムスッ」とした顔で、ズボンのポケットに手を入れた。「嫌ですよ、俺は」
室長は、その返事に目を細めた。口元は笑っているが、その目は明らかに怒っている。
「赤羽」
返事なし。
「赤羽」
また、無言。
「赤羽!」
室長は、椅子の上から立ち上がった。今度は、怒りの籠もった調子で。「これは、命令だ。今すぐ行きなさい」
赤羽はまた、その命令を無視した。ここまで言われても動かないとは、この仕事が本当に嫌いらしい。彼は俺が自分の肩を叩くまで、その場から動こうとしなかった。「アンタまで?」
俺は、その言葉に微笑んだ。相手の態度を考えて、「こうするのがいい」と思ったからである。「諦めろ。お前は、対策室の人間だ。普通の職員とは、違う。お前には、迷宮に入る義務があるんだ」
それに「ムカッ」とする、赤羽。彼は俺の顔をしばらく睨んだが、やがて何かを諦めたらしく、机の上を「バンッ」と叩くと、椅子の上から立ち上がって、自分の支給品に手を伸ばした。「たくっ、どいつもこいつも。俺は、給料分しか働かないからな?」
俺は、その言葉に笑った。青森君や緑川も、俺と同じように笑っている。俺達は「迷宮」と言う共通項を得て、それに不思議な繋がりを感じた。が、赤羽には「それ」が不満だったらしい。俺達が互いの顔を見合っている間、ただ一人だけ「ふんっ」とふて腐れていた。
彼は必要な荷物を背負うと、室長に「行ってきます」、青森君や緑川にも「行ってくる」と言って、俺の足を「行こうぜ?」と促した。「こんなのは、さっさと終らせたい」
俺は、その言葉にうなずいた。彼の気持ちを考えれば、そう応えるのが妥当だろう。実際、俺よりも先に部屋の中から出て行ってしまったし。俺は彼の後を追って、迷宮の現われた現場に向かった。
現場には、警官達が立っていた。恐らくは、政府の命令を受けたのだろう。彼等は現場の周りに立ち入り禁止を張って、野次馬達の視線を遮っていた。俺達は警官達の前に行って、彼等に自分の身分を明かした。「迷宮の近くには、できるだけ近寄らないように。魔力の干渉を受けて、迷宮の中に取りこまれる可能性があります」
警官達は、その言葉に固まった。ただでさえ異常な状況なのに。俺のような人間から「気を付けろ」と言われれば、それにどうしても怯えてしまうようだった。彼等は半信半疑の顔で、俺達が迷宮に入る様子を眺めはじめた。
俺は、その視線を無視した。隣の赤羽が、迷宮の切れ目に怯えていたからである。俺は彼の肩に手を置くと、彼に「大丈夫だ」と言って、その緊張を解した。「あの二人が、できたんだ。お前だって、やれる」
赤羽は、その言葉に応えなかった。緊張が解れなかった事もあるが、その慰め自体が気に入らなかったらしい。彼は俺が迷宮の中に入った後も、しばらくは迷宮の中に入ろうとしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます