第6話 迷宮の守り手(※三人称)
これが、戦い。冒険者と怪物の、命を賭けた戦い。剣と牙がぶつける、文字通りの死闘なのか? 現代人の青葉には、分からない。分からないが、それが「凄い事」は分かった。豊樹が相手の動きに目をやれば、相手もその視線に殺気立つ。怪物が豊樹の身体に牙を向ければ、豊樹も「それ」に剣を向ける。正に激闘だった。
青森は防壁の中に隠れて、両者の戦いを眺めつづけた。両者の戦いは、(青葉の主観を除いても)豊樹の圧倒的有利だった。怪物達がどんなに挑んでも、それを意図も簡単に
青葉はそんな現実離れした動きに目を奪われ、最初は怪物達に抱いていても恐怖も、豊樹が最後の一体を睨んだ時には、言いようのない興奮に変わっていた。「豊樹さん」
やっちゃえ! 気づいた時にはそう、彼に叫んでいた。「そんな雑魚、すぐにやっつけちゃってください!」
豊樹は、その言葉に「ニヤリ」とした。そう言われたら、やるしかない。久しぶりの感覚に任せて、自分の剣を振るうしかなかった。豊樹は愛用の剣を振って、偽獣の身体をバラバラにした。「ふう、一丁上がり!」
青森は、それに喜んだ。こんなに凄い物を見られたから、笑いたくなくても笑ってしまった。彼は防壁の中から出て、彼の目に歩みよろうとしたが……豊樹に「それ」を止められてしまった。
戦いが終って、まだ間もない。目の前の敵達は倒したが、違う敵がまだ何処かに潜んでいるかも知れなかった。周囲の安全が終っていない以上、防壁の中からも出ない方がいい。青森は豊樹の指示に従って、防壁の中にまた戻った。
「す、すいません」
「いや」
そう返した豊樹の顔は、真剣だった。豊樹は自分の周りはもちろん、迷宮の壁にも目をやって、そこに何かの異変はないか調べた。異変は、どこにも見られなかった。
豊樹は青森の方を振りかえって、自分の右腕をそっと上げた。「大丈夫、異変なし」の合図である。「たまたま、出会っただけのようだ」
それを聞いて青森が「ホッ」としたのは、言うまでもない。青森は防壁の中から出ると、自分の荷物をまた背負いなおして、自分の正面に向きなおった。彼の正面にはもちろん、終わりのない迷宮が広がっている。「そ、それじゃ」
「ああ」と、豊樹。「行こう。その防壁は、いつでも出せる。俺の魔法を使えば、な。お前の身を守ってくれる」
豊樹は右手の指を鳴らして、青森の周りにある防壁を消した。それがあまりに一瞬だったので、青森には驚かれてしまったけれど。豊樹は自分の隣に青森を並ばせて、迷宮の中をまた歩きだした。迷宮の中は、静かだった。先程の戦闘から間もないのに。彼等が進む通路には、何の異変も見られなかった。
青森が照らす通路の先には、道らしい物しか見られない。道の曲がり角らしき場所に着いた時も、通行者を迷わすような掲示物が一切見られなかった。豊樹は「それ」に違和感を覚えたが、「青森に何かあるよりはマシ」と考えて、その違和感にも「考えすぎだな」と呟いた。「余計な思考は、判断を鈍らせる」
だから、余計な事は考えるな。そう自分に言いきかせた豊樹だったが、それもすぐに「間違いだった」と思いなおした。豊樹は青森の歩みを制して、自分の足下に目を落とした。彼の足下には、(闇に紛れて見づらいが)何かの装置が置かれている。「眠り罠、だな」
青森は、その言葉に眉を上げた。特に「罠」の部分には、妙な不安を覚えてしまった。彼は足下の罠を踏まないよう、細心の注意を払って、豊樹の横に歩みよった。「これも、アーティファクトですか?」
その答えは、「違う」だった。「これは、見た通りの罠だ。敵の侵入を阻む、足止め用の罠。普通は、相手に攻められている方が仕掛ける物だが……」
今回の場合は(たぶん)、ただの足止めではない。先程の偽獣達を思いだしてみても、これが偽獣との連携に使う罠、「攻撃用の罠」にしか思えなかった。「攻め」の要素が含まれる罠は、「守り」に使われる罠よりも面倒である。
豊樹は荷物の中に手を入れて、そこか特殊の道具を取りだした。「これは、『罠
豊樹は右手の筒を降って、迷宮の風に煙を乗せた。煙は風の動きに合わせて、目の前の罠はもちろん、今まで隠れていた罠にも触れて、それらの機能をすっかり止めてしまった。豊樹は、その光景に「ホッ」とした。こんな初歩的な罠でも、(青葉がいる以上は)一つの間違いが命取りになる。
壁の欠片一つ、怪物の
青葉は、その質問にうなずいた。鞄の中に道具を仕舞った動きからも、その達成感が窺える。彼は自分の鞄を背負いなおして、豊樹の足を促した。「行きましょう。奥の方に進めば、もっと色々な物が見つかるかも知れない」
豊樹も、「それ」にうなずいた。ここには、(彼の言う通り)様々な物が眠っている。豊樹には見られた物でも、現代にとっては「秘宝」と言える物が。ありとあらゆるところに転がっていた。
二人が今も進んでいる通路の中にも、それに類する物が広がっている。豊樹は、ではない、二人はそれらの秘宝、「人間の宝」とも言うべき物を集めながら、果てしなく続く迷宮の中を歩きつづけた。
迷宮の中に異変が起きたのは、それから一時間後の事だった。最初は「また、何かの罠が動いたのか?」と思ったが、通路の先から呻き声らしき物が聞えた事、それが人の声である事も分かって、その異変に「まさか?」と思いはじめた。「例の獲物かも知れない」
彼等は細心の注意を払って、声の聞える方に進んだ。その正体は思った通り、例の獲物だった。獲物は迷宮の触手に捕らわれて、その動きを封じられていた。彼等は「それ」に足を止めて、一方は獲物の前に、もう一方は安全な場所まで下がった。「さて」
そう呟いた豊樹につづいて、青森も「はい」とうなずいた。「彼を助けましょう。呼吸の音が聞えますから、まだ死んではいない筈です。助けるなら今しかない」
豊樹は、それにうなずいた。確かにその通りである。例の触手に「生気を吸われている」とは言え、意識の方はまだ失っていなかった。二人の存在にも「あんた等、は?」と気づいている。豊樹は獲物に「詳しい話は後だ」と言って、彼の事を助けようとしたが……。
それに黙っている魔王ではない。魔王自身は動かなくても、それを阻む罠はちゃんと仕掛けられていた。豊樹は獲物よりも青葉の命を慮って、青葉に「下がれ」と叫んだ。「最後の罠だ。常人のお前では、防げない。俺の作った防壁」
そう言いかけた瞬間だ。獲物の横に一体、迷宮の守り手らしき偽獣が現われた。偽獣は鼠に近い風貌で、豊樹が背中の鞘から剣を抜いてもなお、彼に対する威嚇を解かなかった。
豊樹は、その態度に「ニヤリ」とした。相手の殺気に当てられた事もあったが、何より「此奴を倒せばたぶん、獲物の命も助けられる」と思ったからである。彼は大物相手の感覚を思いだして、冷静の中に興奮を、興奮の中に殺意を込めはじめた。「さて」
ここからは、文字通りの「殺しあい」と行こう……。
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