第5話 ダンジョンの怪物達(※一人称)

 調査の生贄、か。確かにそうかも知れない。前人未踏の場所に精鋭を送りこむなんて。普通に考えれば、ハイリスクだ。時間と手間を掛けた人材が、一瞬の内に消されるかも知れない。日本は(世界的には平和だろうが)そう言う部分にも気を遣うだろうし、残された遺族にも相応の言い訳を作らなければならないだろう。その意味では、「使い捨ての駒」を使うのは合理的だった。


 彼等のような一般職員を使えば……なんて言うのは、失礼かも知れない。一般職員だろうが、何だろうが、その命が尊い事に変わりはないからだ。「国のため」と言う免罪符で、誰かの命を損なってはならない。現実は「そんな考えなど甘い」と言われるかも知れないが、向こうで多くの死を見てきた俺には、その綺麗事を大事にしたかったし、その本質自体を「尊重したい」と思っていた。


 だからこそ、彼の同行にも驚いてしまった。あの場所で、最も気弱そうな人間。一番の若手で、入省一年目の新人。そんな新顔が俺の仕事に「自分も行きます」と時は、その言動に思わず「え?」と驚いてしまった。


 俺は意外な人間からの言葉、その無謀たる行動に「大丈夫か?」と言いかえした。「迷宮の中にはたぶん、多くの危険が待っているぞ? お前が思っている以上に」


 新人君こと、青森誠次は、その言葉に押しだまった。今の言葉を聞いて、今さらの恐怖を思いだしたに違いない。対策室の中では(ある種の)好奇心に最もあふれていそうな青年だが、未知なる物への恐怖心はきちんと持っているらしかった。彼は机の上に目を落としてしまったが、やがて俺の目にまた視線を戻した。


「構わないです」


「構わない? 自分の命を危険に晒しても?」


「……はい」


 一瞬だけ戸惑った返事だった。


「その魔王がもし、本来の力を取りもどしたら? 今度は、この世界に攻め込むんでしょう? 自分の軍を作って、この世界を潰そうとするに違いない。魔王がこの世界に戦いを挑めば、世界の何処にいても同じです。いつ殺されても、おかしくない。だったら!」


「危ない事は先に済ませておく、か?」


「……はい」


 またも、同じような返事。彼はもう、その意見を曲げるつもりはないようだ。「何も知らないで死ぬより、それを知って死んだ方がマシですから」


 俺は、その言葉にうなずいた。そこまで言われたもう、連れて行くしかない。魔王の作りだした迷宮、数多の危険が潜むダンジョンに。俺はこの勇気ある青年を信じて、その奥に「突きすすんでやろう」と決めた。


「捕らわれたのは、公安の追いかける人間だからな。魔王に何かの情報を話すかも知れない。それこそ、各国の極秘事項に触れるような。こちらの情報はできるだけ、相手にも知られない方がいいだろう」


 青葉青年も、その言葉にうなずいた。俺と同年代くらいに見えるが、残りの三人と違って、そのメンタルは強いらしい。正直、「この中で一番に信じられる」と思った。俺は黄木室長の許可を得て、彼と件の迷宮に向かった。


 迷宮の中に入ったのは、その二日後だった。俺達は迷宮の調査に必要(と思われる)道具類を揃えて、その中にゆっくりと入った。迷宮の中は、薄暗かった。左右の壁に明かりは灯っているものの、現代の照明機具とは程遠い明るさだったので、青葉君(この呼び方に落ちついた)が懐中電灯で迷宮の中を灯さなければ、通路の先さえ見えない暗さだった。俺達は右側に俺、左側に青葉君を立たせて、迷宮の中を進みはじめた。


「静かですね?」と、青森君。「通路の中には、空気が通っているようですけど。空気の流れる音が、聞えません。排気口っぽいのも見られませんし。これじゃ、いつか」


「死ぬかも知れない。が、ここはだ。俺の経験から推す限り、その空気自体が生みだされている。外側から空気を取りこまなくても、それ自体が迷宮の中で作られているんだ。壁の明かり、燭台の蝋燭が燃えつづける様子を見る限り。ここには現実のそれとは違う、独自の物理法則がある」


 青森君は、その言葉に唸った。が、表情の方は活き活きしている。表面上では、オロオロしているけれど。その瞳には、好奇心の火が灯っていた。彼は通路の先を灯しながらも、迷宮の中を何度も見渡しては、専用の小型カメラを使って(カメラの付属品を使えば、人間の体にも付けられるアクションカメラだ)、内部の様子をずっと撮りつづけた。


「壁の材料は、何なんでしょう? 見た目の感じ、普通の石に見えますが?」


「分からない。が、普通の石ではないだろう。ここは、魔王の作った異空間。人間の知恵を超えた、亜空間だ。亜空間の中では、何が起こるか分からない。迷宮の出入り口には一応、脱出の目印は付けておいたが。それも迷宮の中身が変わってしまえば、文字通りの無意味になってしまう。それこそ……」


 俺は、自分の後ろに彼を引っ込めた。通路の先に何か、「影」のような物が見えたからである。俺は彼の周りに防壁を作って、地面の上には小型カメラを、彼がいる反対側にも予備の照明機具を置かせた。「


 青葉君は、その言葉に震えた。ここから先はもう、対策室の調査ではない。人間と魔王が戦う、文字通りの死闘である。勝った方が生きて、負けた方が死ぬような。そんな戦いが、今から始まるのだ。「青森君」


 それに応える彼の声は、怯えていた。今の状況に打ち震えているらしい。


「は、はい? なん、です?」


「怖がるな」


「え?」


「戦いは、怖い。怖いが、怖がった方が負ける。相手に自分の隙を見せた方が」


 青森君は、その言葉に黙った。自分への気合いも含めて、その言葉にうなずいたようである。彼は何度か深呼吸して、通路の先にまた視線を戻した。「わ、分かりました! できるだけビビらないようにします!」


 最後の方はかなり、ビビっていた。が、不安に思うほどではない。素人らしい恐怖はまだ消えていなかったが、その目には青年らしい覚悟が感じられた。俺は「それ」に「ホッ」として、迷宮の先に視線を戻した。迷宮の先には一体、ではない。少なくとも三体以上の怪物が見られた。「アレは、偽獣ぎじゅうだな」


 それに眉を上げる、青森君。どうやら、「偽獣」と言う単語に「え?」と驚いているらしい。懐中電灯の光で偽獣達を照らす動きからも、素人特有の動揺が見てとれた。彼は偽獣達の体をしばらく見つめたが、「ハッ!」と何かを思いだして、俺の方に視線を戻した。


「と、豊樹さん」


「うん?」


「『ギジュウ』って何です? アレは、普通のモンスターじゃないんですか?」


 その答えは一つ、「ああ」しかない。「そうだ。アレは普通のモンスターに似せた偽物、敵への足止めや揺動なんかに使うだ。アーティファクトは、普通のモンスターよりも弱い。『アレが出てくる』と言う事は、魔王の力がまだ弱っている証拠だ。普通の怪物を生みだすまでの」


「つ、つまりは、拳銃みたいな物ですね? メインの武器ではなく、あくまでサブウエポンみたいな感じの?」


「そう言う事だ。『丸腰よりは、マシ』って感じに。アレは、兵が足りない時の補助要員だ。補助要員に最強技は、要らない。通常攻撃で、サックと倒してやる」


 俺は「ニヤッ」と笑って、右手の指を鳴らした。それが、解放の合図だからである。俺は異世界での姿、ある意味では本当の姿に戻ると、自分の背中に現われた鞘から剣を抜いて、目の前の偽獣達に斬りかかった。「お前等も災難だな。こっちの世界でも、冒険者に狩られるなんて。本当に不憫ふびん極まりないよ!」


 偽獣達は、その言葉に唸った。まるでそう、仇敵との再会に苛立つように。

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