第4話 調査の生贄(※三人称)

 そうは言ったが、果たしてアテにできるのだろうか? 

 「その異世界から帰ってきた男が、この事態を何とかしてくれる」と言う、その話自体を信じていいのだろうか? 


 少年期の浪漫を一応は味わってきた彼等だが、話の内容があまりに不可思議な事もあって、その全員が半信半疑、正確にはほとんど信じていなかった。彼等はお仲間の作った資料を眺めて、それが作る倦怠感けんたいかんに「はぁ」とうなだれた。「本当、ついてねぇ」

 

そう愚痴る赤羽に緑からも「まったく」とうなずいた。彼等は現実的な思考から離れない人間だったので、青森の言った可能性を聞いてもなお、それに溜め息ばかりをついて、それぞれに「仕事」と言う名の暇潰しをしはじめた。


 赤羽はスマホの○ックスを、緑川は語学の勉強を。挙げ句は「それ」を見ていた黄木すら、今後の事について「う、ううん」と考えはじめてしまった。彼等は青森が不安そうな顔を浮かべる中で、「自分の役所人生が終ったような顔」を浮かべていた。

 

 青森は、その様子にオロオロした。彼等に「何かを言わねば」と思うが、その言葉が見つからない。「とにかく、頑張りましょう」と言っても、それもそれで違うような気がした。彼は既に諦めモードの仲間達を見て、自分も「終わりかな」と思いはじめた。だが、「え?」


 そこに一人、正確には二人だが。対策室の扉を開けて、その中に入ってくる男達が現われた。男達は一人が役所の人間であるらしく、室長の黄木が彼に「お疲れ様」と言うと、相手も彼に「お疲れ様です」と返して、残りの職員達にも「皆さんも、お疲れ様です」と微笑んだ。「資料の方はもう、読んで頂けましたか?」


 赤羽は、その質問に眉を上げた。相手の言い方が、気に入らなかったわけではない。こんな場所に自分達を押しこんで、それに「お疲れ様」と微笑む相手の態度が気に入らなかったのだ。


 そこから「一応、見やすいようにはしておいたんですけど?」と言われた時も、それに思わず苛立ってしまったし。彼はお仲間が自分に微笑んでもなお、その不機嫌な態度を崩そうとはしなかった。「ああ、すげぇ見やすいよ。見やすすぎて、他の奴等にも見られちまう」


 それに追い打ちを掛けた緑川もまた、彼と同じ不満を見せていた。彼は赤羽ほどではないにしろ、書類の制作担当者に「情報漏洩は、問題です」と唸っていた。「それも、ご丁寧に『極秘』と付いた文章を。『情報管理の職員』とは、思えない仕事です。『守秘義務』の守すら守れていない仕事なんて」


 情報管理課の職員こと、森口もりぐち昭夫あきおは、それらの言葉に微笑んだ。彼等の気持ちも分かるが、それに「怒る必要はない」と思っているらしい。彼等に「申し訳ありません」と謝った態度からも、彼が自分の非を分かっている、それを受けいれる寛容さのある事が窺えた。


 彼は二人の不満に頭を下げた上で、室長の顔に視線を移した。室長の顔は、その態度に「こちらこそ」と謝っている。「お二人の意識にホッとしました。これなら安心して、この映像を見せられます」


 二人は、その言葉に表情を変えた。今の言い方は、どう考えてもおかしい。まるで、自分達を試したような言い方である。二人は「それ」に顔を見合ったが、緑川が森口に「どう言う事です?」と聞いたので、その返事に妙な緊張を覚えはじめた。


 森口はまた、二人の反応に微笑んだ。今度は、一種の信頼を込めて。「言葉通りの意味ですよ。国家機密に関わる者が、漏洩好きだったら困りますからね? 意識の低い人には、任せられません。これから見せるのは、なんですから」

 

 それが二人の表情を強張らせたのは、言うまでもないだろう。今の会話に混じっていなかった黄木や青森達ですら、その言葉に顔を強張らせていた。彼等は粗末な部屋の真ん中で、世界最先の情報を見せられた。


 あの恐ろしい情報を、公安職員が追跡の際に偶々撮った映像を。最新のタブレッドを通して、鮮明に見せられてしまったのである。彼等は映像の内容を見終わった後も、暫くは呆けた顔で椅子の背もたれに寄り掛かっていたり、パソコンのキーボートに目を落としていたりした。「信じられん」

 

 そう呟いたのは、室長席に座る黄木だった。黄木は映像の情報をまだ信じきれていないようだが、森口が「それ」に尤もらしい補足を加えた事、また豊樹からも「事実は、事実でしかない」と言われて、最後には「ううん」とうなずいてしまった。「疑う事自体がナイセンス、か? それがどんなに信じられなくても?」

 

 森口は、その言葉にうなずいた。今の返事を聞いて、その理解力に「良かった」と思ったらしい。タブレットの画面を消した動きからも、その安堵感らしき物が窺えた。森口は豊樹の顔に目をやると、彼に「それでは」とうなずいて、対策室の面々に「迷宮についての概要をおはなしします」と言った。「『迷宮』とは」

 

 魔王の作った世界、人間を食らう空間。そこに飲みこまれた者は、その生気を吸いとられてしまう。魔王が元の状態に戻る、その生贄として。迷宮の奥に捕らわれては、そこで不気味な触手に捕らわれてしまうのだ。「『触手』と言っても、ただの触手ではありません。人間の身体に針を刺して、その先から生気を吸いとるんです。大きな苦しみと共に、その」

 

 赤羽は、その続きを遮った。それ以上は、聞きたくないらしい。彼の反応を見ていた緑川も、彼と同じような表情を見せている。赤羽は机の上を叩いて、今の話に溜め息をついた。「悪趣味だな」

 

 緑川も、それにうなずいた。彼はパソコンの画面を見ると、不機嫌な顔で画面の縁に触れた。「同感だね。元は、普通の人間だったくせに。その人間を頼って、自分が蘇ろうなんて。他力本願にも、程がある。そいつは、余程のクズ野郎だったんだな」

 

 二人は室長の「まあまあ」も聞かず、互いの言葉に「まったく」とうなずき合った。正に「息ぴったり」と言う風に。「他人の力でのし上がっても、つまらないだろう? 実際」

 

 青森は、その言葉に目を細めた。彼の言う事も分かる。分かるが、それに「うん」とはうなずけないらしい。二人の顔を見わたす表情からも、その葛藤らしき物が窺えた。青森は自分の席から立ちあがると、今度は全員の顔を見わたして、その一人一人に「そうとは、言いきれません」と言った。「ぼくもたぶん、『彼』と同じ境遇になったら……」

 

 今度は、彼以外の全員が黙った。今の言葉から推して、彼の気持ちを察したようである。彼等は赤羽が「ならねぇよ」と言うまで、その沈黙に眉を寄せつづけた。「他人様から与えられた力じゃあ、さ? 使っている内に虚しくなる。自分がまるで、『無能』って言われているみてぇに。どこかで絶対、自分に嫌気がさすぜ?」

 

 それに「確かに、な」と応えたのは、彼の前に歩みよった豊樹だった。豊樹は久しぶりのスーツに少し苛立ったが、彼の前では無表情を保ちつづけた。「お前等の言葉は、尤もだ。が、それだけ魅せられる。自分が『神と同じになった』と言う感覚は、人間の感覚を狂わせるんだ。本人の精神力が、余程に強くない限り。大抵の者は、溺れてしまう。奴はただ」

 

 赤羽は、その続きを無視した。そこから先は、何となく分かる。彼の口ぶりから考えても、魔王の行動を否める発言に違いなかった。赤羽は「彼が魔王と同じ異世界から人間である事」を確かめた上で、彼からこれからの事を聞きはじめた。


「アンタが『そっち側に行かなかった』としても。その力は、魔王と同じだ。普通の人間よりは、ずっと強い。文字通りの怪物。そんな怪物なら、迷宮の攻略も楽勝だろうが。俺等は、生憎と一般人でね? 化け物退治については、専門外。俺達が迷宮の中に入ったところで」


 役に立たない。それは豊樹も重々分かっていたが、そこは迷宮対策の職員らしく、森口が赤羽に「大丈夫ですよ?」と言った事で、その疑問もすっかり消えてしまった。豊樹は森口の顔に視線を移して、その横顔に目を細めた。「どう言う事だ?」


 その答えは、単純。だが、とても残酷だった。「彼等の任務は、迷宮の調査ですから。戦いは、貴方の専門です。彼等は貴方が何らかの敵と戦っている間、迷宮の内部について調べて貰います。これから送りこむ、プロ達への参考資料として」


 豊樹は、その言葉に驚いた。赤羽も、彼と同じ反応を見せた。二人は森口の顔をしばらく見つづけたが、赤羽が今の言葉に溜め息をつくと、豊樹もそれに倣って「はぁ」と俯いた。赤羽はまた、机の上に両脚を乗せた。「つまりは、『生贄』ってわけか? 迷宮の資料を集める、最小限の犠牲。俺達は、その貧乏くじを引いたってわけか」

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