第3話 彼にしか使えない道具(※一人称)

 複雑な気持ちだった。転生前の名前と同じ名前で、新しい戸籍を作るのは。「蘇生」と言うよりは、「転生」に近かった。個人登録カード(俺が異世界に行っている間、新しく出来た身分証明証らしい)の顔写真も、タブレットPCのカメラで撮った物だし。本当、何もかもが「新しい」と思えた。


 俺が役所の職員に連れて行かれた宿舎も、俺が前に住んでいた賃貸マンションよりもずっと綺麗だった。俺は職員から「支給品です」と渡されたスーツ一式を見て、それに不思議な感動を覚えた。「

 

 職員は、その言葉に微笑んだ。俺の言葉に呆れたわけではないらしい。彼の表情を見る限りでは、俺にある種の好奇心を覚えているようだった。職員は玄関の鍵を開けると、俺に「こちらです」と言って、家の中に俺を入れた。


 家の中は、その外観と同じくらいに綺麗だった。玄関から右手にある浴室も、そこからしばらく行ったところにある台所も。みんな、最新式になっている(らしい)。居間や仕事部屋(と思わしき場所)に置かれているパソコン類も、俺の好きな林檎マークだった。


 ついでに「使ってください」と渡されたスマートフォンも、パソコンと同じ林檎ちゃんだったし。仕事の「給料」から税金と社会保険等が引かれる事を除けば、本当に「文句なし」の支給品だった。職員はテーブルの椅子に俺を導いて、俺に「家のご説明は、以上です。これより先は、ここで」と言った。「それなりの長話になる筈ですから」

 

 俺は、その言葉にうなずいた。拒む理由は、ない。職員が俺の真向かいに座ったので、俺も彼の真正面に座った。俺は彼の煎れてくれた珈琲を啜って、その顔にまた視線を戻した。職員の顔は、(俺の緊張を解すためか)とても穏やかである。


「それで? 長話の内容は?」



 即答だった。


「聞いたところに寄ると。貴方は、異世界のプロらしい。上層部が『神』と名乗る者から得た、情報に寄れば。貴方は、我々よりもあちらの世界に通じている。あちらの世界が、どんな世界であるかも」


「一日の長、があるか?」


 それに押しだまった、職員。何やら色々と考えているらしい。職員は自分の珈琲を啜ったが、その眉間には皺が寄ったままだった。


「正直なところ。自分はまだ、貴方の事を信じられない。我々の前にいくら、それも『突然に現われた』と言っても。アレは一種のトリックでは、『手品の類ではないか?』と思っています。何処かの国が造った、新兵器の。貴方は」


「世間で言うところのスパイか? 日本国の内情を探る、密偵」


「そう考えるのが、自然です。でなければ、こんな事などありえない。人間が何の前触れもなく、ある一定の場所に現われるなど。現代の常識では、ありえない事だ」


「確かにね。だが、現実は」


 そうでない、彼がどんなに否めようと。それは、実際に起こってしまった。多くの国会議員が見ている前で、そのファンタジーは起こってしまった。まばゆい光に包まれて、その奇跡が起こってしまったのである。


「俺がまだ、子どもだった頃。スマホはまだ、無かった。携帯電話は、あっても。スマートフォンなんて物は、無かったんだ。科学のそれがまだ、追いついていなくて。今回の事も、それと同じだ。現実にある物だけが、すべてではない。貴方はただ、その奇跡に戸惑っているだけだ」


 職員は、その言葉に苦笑した。まるで、自分の浅はかさを笑うかのように。「そう、かも知れないですね。自分も『それなりに軟らかい人間だ』と思っていましたが、実際はまだまだお堅い人間のようです。参考書に書かれている教養だけが、すべてではない。それ以外の現実も、当然にある。自分はどうやら、すっかりお役人になってしまったようだ」


 彼がそう笑ったので、俺も彼に笑いかえした。第一印象はお堅い感じのお役人だったが、自分の世界を広げられる点、実際は理解力の高い人物であるらしい。俺に「申し訳ありません」と返した笑みからも、その柔軟性が窺えた。彼は自分の珈琲をまた啜ると、真面目な顔で俺の目を見かえした。


「『神』と名乗る者から与えられた情報に寄れば。迷宮は、神出鬼没。その出現場所を推しはかるのは、『ほぼ不可能らしい』との事です。それが現われる兆しは、あるようですが。その兆し自体を見つけるのは、難しい。神自身も、出現時の状態しか分かっていないようです。神が自分の力を使って、その本質を探った限りでは」


 その話に溜め息をついた。俺には、設定的卑怯チート状態を与えられるだけの力はあるのに。肝心の迷宮を探せないなんて、「何だか情けない」と思ってしまった。全知全能(と、本人は言っている)の神なら、そう言う事にも抜かりはない筈だろう? 


 それなのにこんな、中途半端な力しかないなんて。「呆れるな」と言われても、呆れない方が難しかった。俺は彼の話に頬を掻いて、あのクソオヤジに「何やっているんだか?」と呟いた。「まったく」

 

 職員は、その声に苦笑した。俺の声を聞いて、それに同情を抱いたらしい。


「でも、『まったくの無能』と言うわけではありませんよ? 迷宮が現われる兆しについては一応、我々にも教えてくれましたし。その意味では決して、無能な方ではありません」


「それでも! まあ、いい。それで、その兆しと言うのは?」


 それを聞いた職員の顔つきが変わったのは決して、偶然ではないだろう。彼は俺の目をしばらく見つめたが、やがて鞄の中からタブレットPCを取りだし、タブレットPCのロックを外して、俺にその画面を見せた。画面の中には、誰かが追跡用のカメラで撮ったらしい映像が流れている。「公安の人間が、偶然に撮った物です。一般のメディアにはまだ、流れていません。

 

 俺は、その言葉に生唾を飲んだ。特に「最重要機密」の部分、これには変な緊張を覚えてしまった。俺は異世界での戦いよりも怖い、何か得体の知れない物を見るような気持ちで、画面の映像を観はじめた。


 映像の内容は、公安職員が捜査対象と思わしき人物を追っている場面。その中で、件の迷宮を見つけてしまった場面だった。職員は何処かの建物(雑居ビルの屋上?)に捜査対象を追いこんだが、そこに突如として現われた迷宮の入り口が、その中に捜査対象を飲みこんだ事で、本来の目的はもちろん、迷宮の出現自体にも「なんだ、これは?」と驚いていた。「と、とにかく、記録を。公安本部には、俺から伝えるから!」

 

 俺は、職員の顔に視線を戻した。公安の男がそう叫んだ瞬間、画面の映像が消えたからである。俺は映像の内容から推して、職員の顔をまじまじと見た。


「迷宮は?」


「今はもう、閉じています。最初は、空間の間に亀裂らしき物が見えていたようですが。映像の後にまた、公安の者が見に行ったところ」


「その亀裂が、綺麗さっぱり消えていた?」


「ええ、何の痕跡も無かったようです。一応は物理学の先生や、国の研究機関も出向いたようですが。彼等がいくら調べても、それらしい跡は見つからなかった。正に『消えてしまった』と言わんばかりに。その出入り口が、消えてしまったようです」


 お手上げですよ、と、彼は言った。


「専門家がさじを投げたんじゃ、素人の我々にはどうする事もできません。国民の知られないところで、地道な調査をつづけるしかない。それこそ、闇夜を歩くようにね」


「大変だな」


「まったく。ですが、そこに『貴方』と言う人が現われた。冒険のスペシャリストである、貴方が。神は、『貴方に頼めば、大丈夫』とおっしゃっていました」


「無責任だな」


 そう、思わず唸ってしまった。俺は、神の言うような人間ではない。ましてや、冒険のスペシャリストなど。


「言いすぎ」


「では、ないでしょう? 貴方は伺ったところ、その世界をお救いになったのだから。我々の目から見れば、文字通りのスペシャリストです。神様も、それをお認めになっているようで」


 これを。そう職員から渡されたのは、一個の魔法石だった。様々な力が宿る、魔法の石。それを今、目の前の男から渡されたのである。「迷宮の場所が分かるようになる石らしいです。それを持っていれば、迷宮の中にも入れるようで。我々にはどうも、使えないようですが」


 俺は、その話に溜め息をついた。俺が「いくら元冒険者だから」って、俺しか使えない道具を渡してどうする?

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