第一章 冒険者と迷宮対策室
第1話 新しい使命(※一人称)
悪の敗北、善の勝利。国の王が叫んだそれは、国民の歓喜を大いに促した。「勇気ある彼等が、この悲劇を終らせた」と、そして、「死者の魂を癒し、この世に平穏をもたらした」と。王宮の屋上に立って、そう国民達に語ったのである。
王は自分の隣に俺達を立たせると、(国民の人達にはもう、知られているが)俺達の事を改めて紹介し、それから俺達に「よくぞ、やってくれた。君達のお陰で、どれだけの命が救われたか」と言って、その功績を大いに称えた。「君達は、史上最高の英雄だ」
この世界に光を戻した、英雄。文字通りの救い手。俺達は「それ」に選ばれ、これからもそう呼ばれる筈だったが、どうやらそうは行かないらしい。周りの連中には見えないようだが、王が俺の目の前で杯を掲げた瞬間、世界の空気が突如変わって、あらゆる物の動きが止まってしまったのである。俺は「それ」に驚いて、目の前の杯をまじまじと見てしまった。「なんだ、これは? 一体、誰の?」
仕業か? その原因は、すぐに分かった。俺が自分の背後に気配をふと感じた瞬間、それが俺に「ご苦労だったな」と話しかけてきたからである。俺はその声、その雰囲気に驚いて、自分の後ろを振りかえった。
俺の後ろには予想通り、あの神様が立っている。この世界に俺を連れてきた、あの憎たらしいクソオヤジが。俺の後ろに立って、あの嫌な笑みを浮かべていた。俺は、その笑顔に嫌悪感を覚えた。「最悪だ」
神様もとえ、クソオヤジは、その声を無視した。まるでそう、俺の事を小馬鹿にしたような顔で。「まあ、そう言うな。お前の頑張りは、認めている。お前がここまでやってきた功績も。儂は、お前の事を誇りに思っているよ? あの愚か者を倒してくれて」
俺は、その言葉に目を見開いた。あの魔王はやはり、普通の魔王ではない。今の言葉から察する限りは、俺と同じような人間、あるいは、俺と同じような境遇にあった人間だ。そうでなければ、今の言葉はありえない。奴は何らかの問題で、あの魔王になったのである。
「そう考えると」
「うん?」
「お前は、本当のクソ野郎だな。この世界に冒険者だけでなく、魔王を呼び出すなんて。お前は、世界の騒乱を」
「望んでいたわけではない」
口調の変化。成程、どうやら向こうも察したらしい。俺が言わんとしている事を。
「アイツのアレは、闇落ちだ。儂の力に溺れて、自分が魔王に」
「なったに過ぎない? だから、『アンタは、悪くない』と?」
その答えは、無言。それも、肯定を含んだ無言だった。
「クソだね。アイツがああなったのは、アンタの責任だろう? アンタがアイツを」
「ああ、選んだ。選んだが」
「言い訳はいい。アンタは、アイツを選んだ。数ある死者の中から選りすぐって、この世界にアイツを解きはなったんだ。それもご丁寧に神の力なんか与えて。アンタは……多分、俺と同じような意味で、アイツにこの世界の平和を託した……んだろう?」
その答えはまたも、無言だった。
「甘かったね」
「ああ、人間の欲を舐めすぎた」
わけないだろう? コイツは(俺が思う限り)、人間よりも優れた神。人間の闇について、人間よりも知っている神だ。人間よりも人間に詳しい神が、そんな見落としを「やらかす」とは思えない。だから、今の言葉も素直に信じられなかった。
「儂も、甘かったよ」
「嘘をつけ。本当はこうなる事、随分前から分かっていたんじゃないか? アイツが神の力に魅せられた時点で。アンタは遅かれ早かれ、アイツがああなる事を知っていたんだ」
神様は、その言葉に苦笑した。これは、「参ったね」の笑みである。
「力を与えすぎたか?」
「それもある、わけないだろう? これは、人間の勘だ」
「人間の勘」
そう言って、「ニヤリ」と笑った神様。何とも嫌らしい顔である。
「だが、こうなるのは読めなかっただろう? 儂がまた、お前の前に現われるのは?」
「当然。俺は、超能力者じゃない。アンタから力を貰う前は、普通の人間だったんだから。普通の人間にそんな事など分かるわけがないだろう? 俺は、生の人間なんだから?」
「確かに。だが、今は違う。私の力を受けた、儂の分身だ。分身には、分身なりの役割がある。神の代理を果たす、役割が」
俺は、その言葉に寒気を感じた。はっきりとした予感がわるわけではない。だが、嫌な予感はある。「一つの仕事が終った」と思ったら、また次の仕事が舞い込んだような。そんな予感が、薄らと覚えられた。俺は不安な顔で、神様の顔を見た。神様の顔は、感情の読めない笑顔を浮かべている。「また、『何処かに行け』と?」
神様は、その質問にうなずいた。それも、一つの躊躇いもなく。
「お前の故郷だよ、お前が『現実世界』と呼ぶ世界。お前には、そこに戻って」
「待った!」
それは、おかしい。違う異世界に行くならまだしも。あの世界には、「魔王」に類するものなんてない筈だ。俺は自分の後ろに一歩下がって、神様の顔をまた睨んだ。神様の顔はまだ、あの不気味な笑顔を浮かべている。
「何を考えている?」
「なに?」
「あの世界に戻して。今度は、俺に」
「世界征服なんてさせんよ? お前は、異世界の英雄だからな。悪道を進ませるわけには行かない。お前には、現実の異変を収めてもらう」
「現実の異変?」
「
「
「正確には、そこから人間を救いだす事だが? お前が打ち倒した魔王、そいつがどうも現実世界に逃げたようでね? 力の殆どは、使い果たしたようだが。アイツは現実世界の中に迷宮を作って、それに人間を迷いこませているらしい」
言葉を失った。アイツに止めを差したところは、ちゃんと見た筈なのに。アイツは何らかの手を使って、(アイツが向こうの出身なら)自分の故郷に戻ったのである。
「恐らくは、人間の生気を奪うためだろう。人間の生気は、アイツの活力。アイツは残り少ない魔力を使って、その補給路を作っているらしい」
「じゃないよ! アンタは、神様だ。神様がアイツの居場所を知らない訳」
「すまん」
「え?」
「アイツの悪知恵に負けた。アイツは亜空間の中に隠れて、そこから迷宮を作っているらしい。亜空間の中は、儂の管轄外だ。探すのはもちろん、見る事すらできない」
「なっ!」
そんなのは、ありえない。あんなに多くの世界を統べていながら、一世界の亜空間を探せないなんて。無能にも程がある。コイツは「縦」と「横」の世界には詳しいが、そこから生える斜めの世界には疎いらしかった。
「もしもの話だ」
「うん?」
「俺がもしも、アンタの頼みを断ったら?」
「もちろん、滅ぶよ? お前の世界に居る、人間達がね? アイツの回復力次第だが、遅かれ早かれ滅んでしまう。生きとし生ける物、すべてが」
俺はまた、神の言葉に黙った。これはもう、命令と同じ。「救ってくれ」と、そう命じているのと同じである。言葉の上では、最悪の事態を話しただけだが。そこから察せられる本音は、「俺にまた、世界を救ってほしい」と言う事だった。俺はその事実に苛立って、自分の仲間達に視線を移した。「コイツ等は、連れて行けないな。コイツ等にも、家族や友達がいる」
だから……。
「また、一人でやり直しか?」
「そうなるだろう。向こうには一応、話は通してあるが。信じている者は、少ない。お前さんの知る日本政府も、役場の隅っこに『対策室』を作っているだけだ。それも、雑務係の職員だけを集めて。あれでは、迷宮の出現に困るだけだろう」
溜め息がでた。これはもう、向こうの世界に戻るしかない。現代兵器しかない現実世界が、超自然的な存在に「勝てる」とは思えなかった。
魔王がもしも蘇れば、(神様の言う通り)世界が炎に包まれてしまう。それを防ぐためにも、ここは「分かった」とうなずくしかなかった。
俺は「やるしかないか」と思って、目の前の神にまた向きなおった。
「戻るよ、あの世界に」
「そうか」
神様は、嬉しそうに笑った。見ているこっちが苛つく程の笑みで。「ファグリード、いや、豊樹令一。お前を現実の世界に送りかえす。そこで迷宮に捕らわれた人々を救いだせ」
俺はまた、神の言葉にうなずいた。新しい使命の、古い故郷を思って。俺はこの世界に来た時と同じ、神の世界を受けて、あの悲しくも懐かしい世界に戻った。
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