異世界の英雄、今度は現実世界(こきょう)の迷宮(ダンジョン)に挑む

読み方は自由

プロローグ

第0話 終わりのような始まり(※一人称)

 つまらない人生だった。ごく普通の家庭に生まれ、人並みの苦労を味わっただけの人生。本当に退屈で、苦痛の人生だった。薔薇色よりも灰色の青春時代を送り、それから真ん中くらいの大学を出て、それと同じような会社に入る。


 正に「平凡」と言う名の人生。その会社が「劣悪だった」のは、計算外だが。「それを含めた」としても、町のホームレスになったわけでもなければ、一流会社の社員になったわけでもない。俺はただ、社会の真ん中を漂っているだけだった。

 

 現実はそう、思うようには行かない。俺自身がどんなに頑張り、あらゆる努力を重ねても、それが壊れてしまう瞬間はあるのだ。それこそ、命の光が消えるように。その人生もまた、突然に終ってしまうのである。俺は(ある意味で)雛形通りの事故に遭い、雛形通りの形式を経て、雛形通りの異世界にった。「まさか、俺が冒険者にね?」

 

 それも、神様に呼び出された冒険者。神様は(どう言う思考かは分からないが)数ある魂の中から俺を選んで、異世界の中に「それ」を呼び出した。「この世界は、魔王に支配されていて。魔王は、人間の世界を侵している。お前には、この脅威を取り払って欲しい」

 

 俺は、その話に呆れた。もっと言えば、「またか」と思った。こう言う話は、現世でも「嫌」と言うほど観てきたけれど。それが「自分にも起こる」とは、夢にも思わなかった。ああ言う類は、創作者の妄想。あるいは、商業主義の産物である。


 読み手の快楽に応えて、その欲望を満たす娯楽。満たされない思いに仮想の快楽を与える娯楽。俺も会社勤めに疲れて、こう言うのをつい読んでしまった事はあるが、「面白い」と思ったのは最初だけで、次第には虚しさが、言いようのない虚無感を覚えてしまった。

 

 こんなのを読んでいても、仕方ないだろう。お約束の快楽に溺れたら、お約束の中でしか生きられなくなる。現実にも「お約束の思考停止」はあるかも知れないが、そう言うのはやがて潰されるし、「それ」に代わる物が現われる。だから、神様に「特権」を貰った時も嬉しくなかった。それを使って、「魔王を倒せ」と言われた時も嬉しくなかった。

 

 俺は「快楽」の裏に隠れた「義務」、「義務」の奥に隠された「運命」を呪ったが、そこから逃れる術もやはり持っていなかったので、神から与えられた有り難い力を使い、魔王の軍勢を次々と倒して、お約束の魔王城に辿り着いた。

 

 魔王城の中には、様々な罠が仕掛けられていた。同じ所に戻ってきてしまう通路、通路の真ん中が突然抜けおちる廊下、天上から降り注ぐ無数の剣。それらは俺も含めた仲間達の足を止めたが、そこは強者揃いのパーティーらしく、怪物には攻撃を、怪我には薬を、謎解きには知恵を使って、それらの妨害を次々と蹴散らせていった。「こんなのが、魔王城? 何か色々ショボくねぇ?」

 

 格闘家の言うそれに「そうだな」とうなずく、仲間達。仲間達は(俺が補正魔法を掛けている事もあったが)普通なら死んでしまうような妨害にも死なず、想像以上の力を出して、魔王の妨害をあっと言う間に突き破ってしまった。「アハハッ、ヤバっ。これ、ガチで勝てるんじゃねぇ? このパーティーで挑めばさ?」

 

 そう、絶対に倒せる。俺がこのパーティーにいる以上、世界の救済は約束されたイベントだった。俺達はそんな期待感に震えて、魔王の部屋に向かった。部屋の中には思った通り、ここの主がいた。


 主は俺達の登場を察していたのか、俺達が部屋の扉を開けた時も、それにただ目をやっただけで、俺達を脅すような事は、まったくしてこなかった。俺は「それ」に僅かな疑問を抱きながらも、「自分の役目を果たさなければ」と思いなおして、目の前の魔王に向きなおった。「さて」

 

 それでは、りますか? あの憐れな魔王を。俺は腰の鞘から剣を抜いて、魔王の方にそれを向けた。「魔王さん。アンタはもう、終わりだ。俺達がここに来た以上、その命も」

 

 魔王は、その言葉を無視した。実際は、聞いていたのだろうけど。俺達(正確には、俺?)から何かを察したようで、「自分はもう、終わりだ」とか「あの野郎、俺を見限ったな!」とか唸っていた。


 挙げ句には、「こうなったらもう、全部を壊してやる」とか言う始末。魔王は自分の部下達がすべて倒されたにも関わらず、「それでも諦めたくない」と思ったのか、有りっ丈の力を使って、俺達にそのラスボスたる力を振るった。

「死ね、死ね、死んでしまえ!」


 そこから続いた高笑いには、聞く者を震わせる何かがあった。魔王は雷撃の如く、俺達に最強クラスの魔法を放ちつづけたが、そこは俺達も最強くらいの冒険者だったので、相手の攻撃にダメージこそ受けたものの、魔法使いが全員の傷を癒してくれたし、そこから召喚士が最強の使い魔を呼び出してくれたお陰で、見事なまでの大逆転を果たした。「なっ、くっ、そ!」


 俺達は、その言葉に勝利を感じた。あの声は、文字通りの「参った」、「降参」の合図である。傷だらけの顔で、その場にフラついている様子からも、相手のダメージ具合が察せられた。アイツはもう、戦えない。次の一撃で、確実に倒せる。今にも倒れそうな中、俺に何やら叫んでいるようだったが、それに格闘家が気合いの一撃をかましたお陰で、その体が見事に砕かれてしまった。


 俺達は、その光景に喜んだ。それが自分達の勝利を伝える、最高最大の光景だったからである。俺達は魔王の討伐と共に揺れはじめた魔王城を抜け出して、安全な草地の上から「それ」が崩れ落ちる様を見守った。


「終ったんだね、やっと」


 ああ、やっと終った。神の力で少しは、縮められたけれど。それでも、長い旅路が終った事に変わりはなかった。俺達は嬉しい達成感と、寂しい消失感を覚えて、今も燃えつづける魔王城に背中を向けた。「帰ろう」


 俺達の故郷に。


 俺の人生が再始動した場所に。


 大手を振って、凱旋しよう。


「王様も、きっと喜ぶ」


 俺達はそう笑って、草地の上をゆっくりと歩き出した。のは、いいが、ふとした瞬間に違和感を覚えた。俺達が魔王を倒した瞬間、魔王が俺に言った言葉をふと思い出したからである。俺は周りの仲間達が楽しげに話している中、一人思考の中で「それ」をゆっくりと思いかえした。


 ……僕は、悪くない。


 ……僕はただ、神様の言い付けを守っただけだ。


 ……神様の言い付けを守って、そのご褒美を貰おうとしただけ。


 ……自分の好きな世界を生きようとしただけだ。


 ……それなのに、どうして? 僕のワガママを邪魔するの?


 ……許せない、許せない、許せない!


 ……お前も、僕と同じ地獄に落としてやる。


 俺は、それらの言葉に眉を潜めた。確たる証拠は無かったが、そこには何か、俺と同じ何かが隠されている。俺と魔法を結びつけるような、そんな感じの何かが潜んでいる。かも知れない空気をふと、感じてしまったからである。


 俺は、その想像に震えた。それがもし、「本当だ」とすれば。何か恐ろしい事が起こる。「これで終わりだ」と思っていた冒険にまた新しいページが加われる。あくまで俺の想像だが、そう思わせる何かが感じられた。俺は自分の頭を掻いて、その不確かな想像を振り払った。


 止めよう。そんな事を考えたって、何にもならない。俺達は、勝ったのだ。あの恐ろしい魔王を倒して、この世界に平和をもたらしたのだ。魔王の支配を終らせて。だから今は、その事だけを考えよう。「俺達には、帰る所がある」


 俺は「うん」とうなずいて、自分の正面に向きなおった。日の光が輝く、美しい景色に。

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