眠れ眠れ—— Lay your sleeping head my love1

 —— 星の大河の流れる下。

 夏草に覆われた廃墟の中にアンジュはいた。


 かつては栄えたこの街は幾度いくたびの戦禍の果てに打ち捨てられ、今はもう人々の記憶からも消えていた。

 ただ、アンジュだけは覚えている。彼の初めての領地。彼が初めてプシュケを摘み取ったのは、この地だったのだ。

 その魂は彼が初めて愛したひと。

 永遠の悔恨と懺悔。

 それは、死神タナトスの単なる通過儀礼にすぎなかったのか。それとも彼が負う宿命だったのか—— 。


 あれから長い長い年月が過ぎ去った。

 幾千幾万の魂を嘆きの川アケローン渡守カローンに託したことだろう。

 ただ、どれだけの歳月が経ったとしても、彼の胸の奥の面影は消えはしない。



 夜明けが近い。

 夜の闇のどこかでカラスの子の声がする。巣立ったばかりなのだろう。彼がここにいることを知らずにいる。いや、知ってはいても、彼が何者なのか気が付いてはいないのだ。

 冷酷で端麗な彼の口元が思わず緩む。生き物全てが死神の、それも高位の死神の来訪に息を詰め平伏す中で、ただ一羽鴉の子だけが大きな声で鳴いている。


 それでいい。彼はそらを見上げた。


 ミルキーウェイ—— Milky Way。最高位の女神へーレーの乳房から流れ出た乳の河。

 命を生み出しはぐく銀河ミルキーウェイの母からすれば、全ては等しい。全ては同じ。鴉の子も。彼も。彼が摘み取ったすべての魂たちも。



 彼は胸の奥に問いかける。答えはしない追憶の面影に。



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