最終話 一件落着!

 墨と醤油で派手に汚した校長室も、あちこちに散乱していた客用ソファーも、黒塗りされた歴代の校長たちの顔写真も、みるみる元通りになってゆく。


 人間の姿に戻った黒井戸教頭は柔らかな客用ソファーに横たわって眠っていた。マジョンヌたちも変身が解け、互いに労い合った。


「強敵でしたね」

「ホントに。もうダメかと思った」

「私なんてまだ慣れてないのにぃ」


 ジャレ合う三人にムカデが近寄る。


「お話中のところすまないカサ。たぶんもうすぐ授業参観が始まるカサ。コモたちを連れて4年3組の教室に──「うわ! ムカデが喋っる!? すげ! キモ!」


 恐がることなくヒョイと持ち上げてしまうのは奏都だった。


「ひぁっ、お、おろしてくれカサ! こういう事態を防ぐためにムカデの姿なんだカサっ」


 なるほど。と主婦の三人は思った。小さなこどもが周りにいると予想されるミセス・マジョンヌの案内人の場合、かわいい動物型だとたしかに案内人自身が危ない目に遭いやすいのだろう。


 だからってムカデかよ。心の中でつっこんで優花は少し笑った。


「え、今何時ですか?」

「えと……あれ? 腕時計、おかしい?」

「いや、私のも同じですよ、ほら、そこの壁の時計も」


「だから。戻ってるんだカサ! 授業参観はこれからカサよ! 6人とも、早く教室へ戻るカサ!」


 そんなわけで。

 優花、涼子、この葉の三人は無事にそれぞれのこどもの勇姿をしかとその目に焼き付けたのだった。




 ──数日後


「だけどまさかあのイケメンカウンセラーが黒井戸教頭先生の男装だったとはね……」


 ここは青野家。


「わからないものカサ? 声とかで」

「わからないよ。完全に男の人だと思ってたし」


 ムカデにとっていちばん安全なところ、ということでマジョンヌの会議場は青野家が採用された。ちなみにムカデはこのままここに居着くつもりでいる。


 言わずもがな、優花は大の虫嫌い。いるとわかっていても見る度に飛び上がってしまうし、うっかり夫の真司しんじに見つかって駆除されるといけないのでなし。この葉の家にはやんちゃな奏都とさらにやんちゃな弟の唯都ゆいともいて非常に危険。その点で涼子の家なら夫の隆久たかひさは虫を倒せないし、こどもたちも虫には興味なし。乱暴につまみ上げられる心配もないので安心なのだ。


「でもそれって勤務中に抜けてってことですよね?」

「たしかに。授業参観は行けなかったのに青野さんにちょっかいは出せたんですかね?」


 優花とこの葉は揃って首を捻る。首を捻りながら、優花はコーヒーに、この葉は三枚目になるクッキーに手を伸ばした。


「ちょうど今度の校外学習の下見に出ていた時だった、とは言ってましたけど。でもその日のこと、ほとんど記憶にないって言うんですよ」

「え、そうなんですか」

「そう。巨大イカになってた記憶もほぼないみたいですし、なんだかねえ」


 三人は眉をひそめて顔を見合わせる。


「男装の件と言い、結局は黒井戸教頭先生も誰かに操られてたってことですか?」

「そう考えられなくもない……かな?」

「黒幕が……ほかに? どうなの、ムカデ」


 三人の視線がムカデに向く……ことはない。食事中に見られるほどまだ慣れてはいない。というかずっとそんな日は来ない。


「うーん……わからないカサ」

「ええー」


 使えないムカデ。なんて言わないであげてほしい。


「だけどもしかしたらまた今回みたいに人間が幻獣になるようなことが起こる可能性は大いにあるカサ。だから三人はマジョンヌとしてこれからも世界を守るために戦ってほしいんだカサ」


 ムカデの願いに三人の主婦たちは「ふふ」とやわらかく微笑んだ。リビングは大窓から射し込む昼下がりの日の光が暖かい。


「仕方ないなあ」

「愛する我が子からの熱烈オファーとあればね。桃山さん」

「コモちゃん、ほんとすごかったですよね」


 あの日のコモのファインプレーにはムカデも驚いて「コモには潜在的なマジョンヌのなにかがあるかもしれないカサ」とどこにあるかわからない鼻の穴を膨らませて言った。


「そういえば黒井戸教頭先生はマジョンヌにならなかったんですよね?」


「あー、私もそれ思ってました。ママだって言うからてっきり解決したあとそうなるのかなって」


 優花とこの葉が言うと、情報通の涼子が首を横に振る。


「今朝もあいさつ当番で会いましたけど、もうほとんど記憶にないみたいで。日が経つごとに『なんでしたっけ』って言われちゃうの。あんまりしつこいと変な親だとか思われそうだなって。まあ私たち三人に『かなりお世話になった』ってことはわかってるみたいなんですけどね」


「娘ちゃんとは仲直りできたんですかねえ」

 言いながらこの葉は四枚目のクッキーを手に取る。これで全種類制覇だ。


「あ、それならこの前の日曜にそこのショッピングモールでコモと見かけましたよ私。黒井戸教頭先生と娘さんが仲良く服選んでるところ」


「わ。いいな。憧れちゃう」

「山吹さんとこ男の子ばっかりですもんね」

「そうなのよー」



 と、いうわけで、ミセス・マジョンヌの活躍によって町は平和に戻り、ひとりのがんばり屋の母親が救われたのだった。


「あれ。もうこんな時間?」

「あーん。一日早ーい」

「ほんとね。はー。今日の晩ごはん、何の予定ですか?」

「うち昨日のカレー」

「あー、いいなあ」

「私そこのコロッケ屋さんで買って帰ろうかなって」

「あ、美味しいですよね。種類も結構あって」

「そうなの。意外とカレー味がイケて」

「そうそう!」

「え、食べたことない!」

「絶対試した方がいいですよ。チーズがとろーって。ね」「あれは絶品ですよね」

「わー、食べたい!」


 世界、および小学校近辺の平和は、たぶんこれからも頼もしい彼女たちが守ってくれることでしょう。



  (おしまい)

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ミセス・マジョンヌ ~ママはいつでも最強戦士!~ 小桃 もこ @mococo19n

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