第24話 悩み事
途端にパアアアア! と発光して、まるで陽だまりのような優しい光がムカデを包んだ。どこからか小鳥のさえずりと川のせせらぎが聴こえる。ムカデは心地よさそうに身体を伸ばし、わかりづらいがとろけるような表情を見せた。
それはほんの数秒間のことで、やがて癒しの光と音はすうっと消えた。
こんなことが自分に出来たなんて。とキャメルブラウンは驚きつつも再びムカデに話しかけてみた。
「ムカデさん。どうですか!? 治りましたか?」
するとムカデはゆっくりとその身体を動かしはじめ、「んんんーっ」と伸びのような動きをしてから足をワシャワシャとした。正直かなり気持ち悪かったがここはなんとか悲鳴をガマンした。
「ありがとうございますカサ。キャメルブラウン、命の恩人カサ」
ムカデにこんなにも感謝される日が来るとは思わなかった。
「ムカデさん、教えてください! 黒井戸教頭先生を救いたいんです!」
キャメルブラウンが言うとムカデは「わかってるカサ」と力強くこたえてくれた。そして戦い続けるミルキーピンクとネイビーブルーにも聞こえるように声を出した。
「これはクロイド教頭が変身した幻獣【イカスミカスミン】カサ! 足は攻撃しても何度でも生えてくるカサ!」
「そんなこと……もうわかってるよ! それより倒し方!」
ネイビーブルーは手厳しい。
「そ、そうカサよね! 倒し方は……説得するんだカサ!」
「な、説得!?」
あまりに予想外でミルキーピンクは声を裏返らせた。
「そうカサ! クロイド教頭は『なにか』にとても悩んでいたはずカサ。それが原因でこんな姿になってるんだカサ。それを突き止めて、諭して、それから三人でトリプル攻撃をぶつければ無事に元の姿に戻れるはずカサ!」
ちょいと難しすぎやしませんか、とミルキーピンクは内心で頭をかかえた。
黒井戸教頭といえば……。美人で人望もあって先生の仕事もきっと順調だったはず。そんな人が一体なにに悩んでいると言うのか。
なにか……なにかヒントになる発言はあっただろうか。
──世界を、黒い闇に。仕事も、プライベートも、全部黒く、真っ黒く
プライベート……。黒井戸教頭のプライベートはどんななのだろう。結婚はしているのか。こどもはいるのだろうか。考えてみたらなにも知らない。
とにかくまずは会話の糸口を掴まなければ、とミルキーピンクは意を決して切り出した。
「黒井戸教頭先生! 思い出してください! 今日は授業参観ですよ? こどもたちが緊張しながらもお家の人に自分ががんばるところを見てもらおうって楽しみにしていた日です! それをこんな……先生がこんな、壊しちゃダメですよっ!」
『ギイエアアアアアアアーッシュ!』
懸命に伝えたがイカからは叫び声しか返ってこなかった。
すっかり幻獣となって黒井戸教頭の心は失われてしまったのだろうか。
「返事はなくても声はちゃんと届いてるカサ! 諦めずに話しかけるんだカサ!」
ムカデに「わかった」と頷いてミルキーピンクはもう一度巨大イカに向き直った。その間も自在にぐにゃぐにゃと動く足での激しい攻撃がやまない。
「くっ……これじゃあ、説得なんかできないよっ!」
「なにかいいアイテムないの!? ムカデ!」
ネイビーブルーが怒鳴るとムカデは「そんなもの……」と言いつつどこからか小さなボトルを取り出した。
「もしかしたらこれが効くかもしれないカサ」
「それは……?」
「醤油カサ!」
「はあ? お醤油!?」
ミルキーピンクの頭には巨大イカの姿焼きが浮かんだ。……いやいや焼いちゃだめでしょ!
「イカには醤油カサ! きっと動きも鈍くなるカサ!」
「ほ、本当に?」
生イカに醤油をかける想像をした。かなり暴れる気がするが。
とにかくボトルを受け取ると、ミルキーピンクは一か八か、醤油をイカの足に振りかけてみた。
『ギイエアアアアアアアーッシュ!』
「ひゃっ」
大声に驚いたがミルキーピンクを襲おうとしていた足は醤油がまとわりついて上手く動かせなくなったらしい。
これは使える!
チャンスとばかりにミルキーピンクは素早くほかの足にも順に醤油をかけて回った。こどもたちを巻き取っていた力がゆるみ、ネイビーブルーとキャメルブラウンと協力して三人とも無事に助け出すことに成功した。
巨大イカは苦しげに叫びながら徐々にその動きを鈍らせ、最終的には校長の大きなデスクにその巨体をぐんにゃりともたれさせた。
「黒井戸教頭先生!」
あたりは醤油の香りがすごい。
「目を覚ましてください! あなたは、こどもたちが大好きな、優しい教頭先生でしょう!?」
醤油にまみれて虚ろになったその目は、光をなくしていた。
「私なんて……」
巨大イカから黒井戸教頭の声が聞こえた。
「全然だめだめなんです……。教師としても、母親としても」
母親……。
マジョンヌの三人は顔を見合わせた。
「黒井戸教頭先生、話してくれませんか。一体なにがあったのか」
ミルキーピンクが言うと、虚ろな巨大イカの目がそろり、と動いてマジョンヌの三人を順に見た。
「母親って、なんでしょう……。あの子にとって私は、きっと鬱陶しいだけの存在なんですよ……」
どうやら黒井戸教頭は自身の子との関わりで悩んでいるようだ。
「『あの子』って……お子さんですか? なにか言われたんですか?」
「授業参観だったんです……」
え、とマジョンヌたちは再び顔を見合わせた。
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