第21話 恐怖の個人面談

 ごくり……。一体なにを言われるのだろう。その前に自分はこの格好のままでいいのだろうか。


 ミルキーピンクは居心地悪くコスチュームのふわふわ重なるピンク色のフリルレースを引っ張ってみた。縫製は丁寧で頑丈だ。


「コモさんですが」


「えっ」


 ぱっとその顔を見た瞬間この長谷先生はニセモノだ、とすぐにわかった。まず目が合わない。まっすぐに前だけを見据えるその人はまるでロボットのようで気味が悪かった。ニセモノの長谷先生は機械的に目の前に向かって話し続ける。声だけはゾッとするほどリアルだった。


「コモさんの、『好き』の気持ちが少しばかり大き過ぎるところが少々気になります。具体的には、その……アニメというか、魔法少女、と言いますか」


 ちらりとピンクのコスチュームを見られた気がしてドキリとした。たちまちミルキーピンクは穴があったら入りたいほど恥ずかしい心境になった。思わずその顔を伏せる。伏せると余計に自身のピンク色が視界に入った。


「お母様もご趣味、なんですね」

「い、いえ、私は……」


 この格好では否定するほうが不自然にも思える。自分は一体なにをしているのだろう。こんなお母さんでいいのだろうかと思えてならない。恥ずかしい。着替えたい。


「もちろんそれが悪いとは言いません。個性は大いに尊重していこうという時代です。しかし、そのせいかコモさんには少し夢見がちなところがあるようで。もう少しほかの児童が勧めてくれた遊びやメディアの話にも興味を持って歩み寄れるとよいと思うのです」


「そうなんです! この前もせっかくお友達がバーベキューに誘ってくれたのにマジョンヌの映画公開日だからってあの子断ってしまって」


「それはもったいないことでしたね」

「本当に。マジョンヌもほどほどにしてほしいです」

「それならお母様もお着替えになりますか」

「はい!」


 ぜひとも! と思わず勢いよく返してから慌てて口を手で塞いだ。しかし気づいた時にはミルキーピンクの姿はすっかり優花に戻ってしまっていた。


「え、なんで!?」


 驚いて勢いよく立ち上がるとその拍子に座っていたイスがカコーン、と後ろに倒れた。それを最後に視界がぐんにゃりと歪んでニセモノの長谷先生も机もイスも闇へと消えて元の真っ黒い4年3組の教室に優花の姿で立っていた。


「変身が……」

 これでは戦えない。ふと見ると同じようにして涼子に戻ってしまったネイビーブルーが近くの床にへたり込んでいた。


「青野さん!」


 慌ててかけよると涼子は少しその目に涙を浮かべているように感じる。こちらは一体どんな個人面談だったのだろう。


「たぶん、何度変身しても同じ手で戻されるんじゃないですか、これ……」

 そもそもそう何度も変身シーンをやるのは書かれないにしても精神的にキツい。


 優花が言うと「ムカデは……」と涼子があたりを見回し始めた。


 そうだ。こういう困った時はいつもムカデが助けてくれた。しかしその姿は黒井戸教頭が現れてからまったくない。まさか教頭が言う通り本当に駆除されてしまったのだろうか。


 ムカデ。ムカデ。こんなにもムカデに会いたいと思うなんて、自分は一体どうしてしまったのだろう。少し前までは虫なんてこの世から消え去ればいいとすら思っていたのに。


 ……いや。ちがう。そんなのっておかしい。


 優花ははたと考えた。


 ムカデは仲間だ。ムカデだからって、見た目がやだからって酷い扱いをするなんて間違っている。


 ムカデはいつだって優花たちミセス・マジョンヌのために尽くしてくれた。何度殺されかけても、窓から締め出されても、ぞんざいに扱われても。


 その時優花の心に、ムカデへの謝罪の気持ちがこんこんと湧き出した。その気持ちはやがて優花の持つ造花のカーネーションの先に金色の光を宿し、溢れたその光はレーダーのように道を示し始めた。


「も、桃山さん!?」

「青野さん、この光の先にムカデがいるみたい!」


 二人は頷き合って光の先へと走った。

「ちょっと……待ってください」


 はっとして振り返ると、そこには少しバツが悪そうなこの葉の姿があった。


「山吹さんっ!」

「急に変身が解けて。ここにひとり残されてもこわいので……」


 優花と涼子は咎めない。仲間として「よくぞ出てきてくれましたね!」と歓迎した。


 そんなわけでミセス・マジョンヌもとい、今年度PTA役員の三名はうちひとりが持つ造花から発される不思議な光を頼りに廊下を進んだ。


 校内は全体が墨汁をぶっかけられたように真っ黒になっていてにおいもひどかった。依然として人の気配はない。


 光は中央階段の手前を左折し、渡り廊下を進み、職員室前を通り過ぎて校長室へと続いていた。


「この中……みたいです」

「行きましょう!」


 優花がドアの取っ手をつかむとヌルっとすべった。


「ひゃっ」


 手は真っ黒。墨汁のようだ。三人で協力してなんとか開け、中へと入る。すると。


 やわらかな光が三人を包んだ。気持ちが悪くなるほど立ち込めていた墨汁のにおいがまったくしなくなり、代わりにふんわりと芳ばしい香りが鼻に届く。この香りは優花も好きなあの……。


 コポコポ、とコーヒーメーカーが鳴って、芳ばしい香りを立ち昇らせていた。


 廊下までの黒さがウソのように明るい部屋だった。窓から射す日の光がまぶしい。柔らかそうな茶色の革張りの客用ソファー。目隠しのついたての奥に、これぞ校長室、というような大きなデスクとイスがある。


 なんでもない、平和な日常の校長室。今にも井立いたち校長が「あらら、お母さま方お揃いで。なんでしたでしょうかねえ」と笑顔と光るハゲ頭を携えて現れそうだった。


 しかし今日その場にいたのは。


「ふふ。よくここまで来られましたね。おつかれ様です。役員の桃山さん、青野さん、山吹さん」


 にっこりと不敵に微笑む、黒井戸教頭だった。




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