第18話 キャメルブラウン

「えっ、まさか……私!?」


 コクリと先輩戦士の二人が頷くとこの葉はこころなしかゾッとした顔をした。その表情の意味するところは「こんなバケモノと戦いたくない」なのか、それとも「こんな妙なコスプレイヤーの仲間に入りたくない」なのか。どちらも、という可能性も大いにある。


「コノハ、話は聞いていたカサ。細かい説明はあとカサ! コノハの力が必要なんだカサ!」


「ひっ、ムカデえええっ!」


 今更? とも思うが今まではミルキーピンクたちの陰でその全貌がよく見えていなかったのだ。


「あの、ごめんなさい山吹さん。いきなり驚きますよね。でも聞いてください、奏都くんが危ないんです。時間がないんです! とにかく今は言う通りにしてくれませんか!?」


 たとえ派手なピンクまみれの格好でも一応は息子の同級生のお母さん。おぞましい巨大ムカデに言われるよりは多少説得力があったらしい。


「わ……わかりました。どうすればいいんですか?」


「そのヘアゴム、カナトからのプレゼントカサ? それを掲げて『ミセス・マジョンヌ・キャメルブラウン!』って叫ぶんだカサ!」


 この葉のハーフアップにした茶色の髪にはたしかに大粒の宝石を模したプラスチック製の飾りがキラリと光っている。それは近所の百円ショップで息子の奏都がはじめてお小遣いで買ってくれたこの葉への誕生日プレゼントだった。


「あの……」


「ハイ。なんでしょうカサ」


 状況が状況だしすぐにやってくれるだろうとその場の全員が思っていたが、この葉は遠慮がちに白く太いその手を挙げた。


「私もその……そんな格好になるんですか?」


 『そんな格好』とは言わないでほしい。


「それは……カサ」

「あの、せめてパンツスタイルになりません?」


 その目は茶化すつもりの一切ないいたって真剣なものだった。聞いていてミルキーピンクは「え、そんなのアリなの!?」と目を見開いた。アリなら自分もぜひそうしたい。というかいいなら最初から言えよムカデ、と密かに睨む。


「そ、そんなこと言ってるヒマなんかないカサ、コノハ! とにかく変身するカサ!」


 なんだか二人の会話はミルキーピンクの心をグサグサと傷つけた。


「そそ。みんな同じなら恥ずかしくなんかないですって! すぐ慣れますよ。このミニスカも結構かわいいし。ね? 桃山さん」


 能天気なネイビーブルーの問いに「いいえ。私はすぐにでも着替えたいしパンツスタイル希望です」とミルキーピンクは思うが今は口には出さないでおいた。


「お願いします。奏都くんのためにも、小学校のこどもたちのためにも!」


 力強く説得したら泣き出しそうな顔で見つめ返されてしまった。そんなに嫌? ねえ、私、そんなに恥ずかしい格好ですか?


「お願いします山吹さんっ! 奏都くんを……」「わかってますよっ!」


 この葉の大声にミルキーピンクもネイビーブルーも、ついでにムカデも驚いた。


「わかってます。わかってるけど……それしか方法ないんですか!? こんなこと言ったら悪いですけど……私、正直、イヤですっ! ミニスカートなんてはいたことないし、腕や脚、出したくないもんっ! 桃山さんや青野さんはもともと細くて美人だから耐えられるんだと思いますっ。だけど、だけど私は……」


「やってみなくちゃわかんないですよ?」

「……へ?」


 一体誰の声か。全員がキョロキョロと辺りを見回す。するとまっすぐにこの葉を見つめる澄んだ瞳に気がついた。


「そんなのやってみなくちゃわかんないですよ」

 言うのはなんと、コモだった。


「コ、コモ?」

 ミルキーピンクが言うがコモはまっすぐにこの葉を見つめ続けていた。その強い目を見てミルキーピンクはふと思い出した。


 ── どうしてチャンスをものにしないの? 他の人はやりたくても出来ないんだよ?


 ──断るなんて、選ばれなかった人たちに失礼だよ! そんなのわたし、絶対許さない!


 そうだ。コモはマジョンヌ権を拒否することを絶対に許さないんだった!


 ちらとムカデを見ると相手もミルキーピンクを見上げていた。無言で頷き合う。ここはコモに任せてみよう。


「アニメのマジョンヌ、冴えないおデブの男の子がいて」


 え、この状況で例えに『冴えないおデブの男の子』なんか出して大丈夫? と全員が心配したがコモはまったく気にしていない。


「その人、スペシャル回で一度だけマジョンヌに変身するんですけど。じつは変身するとなんと…………チョー、イケメンになるんだよ!」


 コモちゃん……。とミルキーピンクが娘のファインプレーに感極まって隅でほろりと涙しているのは今は置いておく。


「だからもしかしたら山吹くんのお母さんも、すっごいスタイルいい美人さんになれるかもしれないよ!」


「でももしそうじゃなかったら?」

「えっ……」


 山吹 この葉という主婦はとてもネガティブだった。それにしても小4のこどもへの返答にしては大人げない。


「その時は────隣が、トイレだから。個室にこもって変身が解けるのを待てば」



 ……というわけでキャメルブラウンこと山吹 この葉 38歳がトイレの個室にこもってしまった。


 コモは夢莉に「なにしてんの、もう!」と肘でつつかれて小さく「ゴメンシャーイ」と舌を出したが「でもわたし悪くないもん」とも言っている。


「山吹さんっ、いやキャメルブラウン! 出てきてください! 奏都くんの『げんきエキス』なくなっちゃってもいいんですか!?」


 ミルキーピンクがドアを叩きながら言うと中からくぐもった声が返ってきた。


「……うーん。いいんじゃないですか? 命までは奪われないんでしょう?」


 なんということだ。マジョンヌの格好がいくら嫌だからって母がこどもを守らないなんて。ミルキーピンクはあまりの衝撃にめまいがした。


「奏都は……スポーツ万能で私に全然似てなくて。『旦那遺伝子だね』とか、『反面教師にされたね』とか、言われ放題。その『げんきエキス』? 少しくらい減ったほうが、私にも似てくるんじゃないかなって。それならそれでも────」


「はあ!? あなたそれでも母親ですか!?」


 ミルキーピンクは、ショッキングピンクになりそうなほど頭に来ていた。


「母親ならっ、こどもの幸せをいちばんに考えるもんでしょ!? 恥ずかしい!? なに、そのくらいっ! こんなミニスカートくらいね、こどものためならなんてことないですよっ! 奏都くん、サッカー頑張ってるんでしょ!? サッカー選手になるの、夢なんでしょ!? それをあなたが、母親のあなたが潰してどうするんですか! 似てない? こどもの大切さや愛おしさに、自分と似てるかどうかなんか関係ない! お母さんっていうのは、いつだってこどものために動かなきゃ! なんだってしなきゃっ!」


 はあっ……はあっ……。

 数秒の間、女子トイレにはミルキーピンクの上がった息遣いの音だけが聴こえていた。


 やがてジャー、と水を流す音がして、カコン、と個室の鍵が鳴りゆっくりと扉が開いた。そこには俯き加減の、ムチムチポヨポヨのヘソ出しマジョンヌがどこかスッキリした雰囲気で立っていた。


「……ありがとう、桃山さん。なんか吹っ切れました。さあ、さっさと済ませましょう」


 前を向いたその目は血走って眼光鋭く、幻獣よりもある意味かなりの迫力があった。




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