第13話 今朝のムカデ

 ムカデが「ナマズヌスの比じゃない」と言った通りミルキーピンクにとって今回はなかなか手強い敵だった。日頃の運動不足と年齢的なものもあって疲労感が半端ではない。


 敵の最後の光の粒が消えるのと同時に、飲まれていたらしい人々が辺り一帯に横たわっておりやがて目覚め始めた。そしてお約束であるが「あれ、なにしてたんだろう」「うわ、もうこんな時間!?」などという声があちこちから聴こえる。


 ウナギトンにより踏み潰された花壇の花も、壊された家の塀や庭も魔法のように勝手にみるみる修繕されてゆき、暗雲がかっていた空は元通り青くすっきりと晴れた。もちろん報道陣の姿なんかもどこにもない。


 その様子を眺めていた優花の隣には変身の解けた自分の手足を唖然と眺める涼子が。そしてそのの元へ、茶トラ柄の猫がすり寄って来た。


「マロン!」


 はっとした涼子は猫を抱きかかえて頬ずりをした。「ありがとう、大ちゅきだよぉ」と涙ぐむその姿に優花は「あれ、この人思ったより可愛いな」と失礼ながら思う。怖い元ヤンと思っていたけど意外と仲良く出来るかもしれない、というかするっきゃないよね、と思った。


「いつの間にか脱走してたんだねぇ。そっか、今朝ムカデ倒した時かな……あ」


 猫に話しているのか独り言なのかわからない発言の途中で涼子ははたと気がついたらしい。


「あなたもしかして今朝のムカデ?」


 ピンポーン。大正解。こんなにも殺されかけている味方キャラはそういない。


「一体どういうことなんですか、桃山さん」


「……ええと。このムカデがマジョンヌの『案内人』なんだそうで」


「はい。リョーコ、はじめましてカサ。ワタクシ、ムカデ妖精の──」「え、ようせい?」


「はい、『フェアリー』の『ようせい』ですカサ」



 かくしてマジョキンヌ・ネイビーブルーこと青野 涼子36歳は晴れてミセス・マジョンヌとしてミルキーピンクと共に世界を守ることとなった。


 涼子の中で黒く渦巻いていた不安や鬱憤は綺麗に浄化されて、ミルキーピンクが言った『自分が選んだ人生』という言葉がしっくりはまって輝いていた。



 【大丈夫だよ。虫なら私が倒せるから】


 かつて、半泣きになった隆久たかひさにそう声をかけた日のことを、久しぶりに涼子は思い出した。



「おお! 久しぶりじゃん? コロッケ」

「うん、まあね。パパ好きだよねこれ」

「好き。なに、なんかあったっけ今日」

「んんべつに? 久しぶりに食べたくなっただけ」

「ふうん……? じゃ、1個もーらいっ」

「あ、こら!」

「うわうま! やっぱ天才!」

「……もう」




 ちなみにこの涼子、あれだけミルキーピンクを白い目で見ていたというのにいざ自分が変身出来るようになると意外とまんざらでもないらしく特に娘の夢莉にせがまれればいつでもホイホイと変身してポーズを決めたり、夢莉にもアニメ版マジョキア青のコスチュームを着せて親子お揃い写真を撮っては投稿したりするものだからムカデから「幻獣が出現しない限りは安易に変身しないでくれカサ!」と厳重注意を受けたらしい。



 さて。ウナギトンが倒された様子を、またしても遠くから眺める影があった。


「ふうん。なかなかやるじゃない……」


「ん? どうかされましたか?」

「あっ、や、べつになんでもないんです! さ、行きましょう。早く戻らないとっ」



 悪の手が確実に忍び寄っていることを優花も涼子もまだ知らないのだった。





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