第3章 だれにも見せたくないんです! ミニスカートなんてはいたことないし!?
第14話 グータラ主婦
「じゃあ桃山さんの家には巨大ナマズが?」
「そうなんです。ムカデに続けてだったからもう……寿命縮みましたよ」
ここは近所のカフェ。優花と涼子はウナギトンとの戦いの後に連絡先を交換して休みを合わせ、「一度作戦会議を」との名目でオシャレなカフェでのランチを楽しんでいた。
「ナマズにウナギ。黒くてヌメヌメしたのばっかりですね」
「ほんと。私あんまり得意じゃなくて」
「あ、食べるのが?」
「や、見るのが」
「あは、やだ。ですよね」
会話は若干うまく噛み合わないところもあるが、性格的には優花が思っていたほど合わないわけではないようだった。
「で、その幻獣を生み出してる『悪の根源』が近くにある……いる? って言うんですか」
「ムカデはそう言ってましたね……」
こたえながら優花はアイスコーヒーの氷を控えめに鳴らす。ストローから喉へと冷たいコーヒーが流れ、濃い香りがふんわりと鼻に抜けた。
「そもそもあのムカデ信用できるんですか? ぶっちゃけあいつが『悪の根源』だったりしない?」
「ええっ、そんなまさか!」
見た目的には有り得なくもないけどそんなひどい裏切りはあってはならない、とマジョンヌファンの娘を持つ母として優花は強く思う。
「……まあ見た目はあんなですけど、戦いの時は一応ちゃんと私たちを助けてくれてるわけですし」
「まあ、それはそうか」
涼子は鼻で小さくため息をついて新発売の冷製トマトパスタをフォークで巻き取った。「わ、これおいし」
「え、ほんとですか。私もそっちにすればよかったなぁ。器も涼しげでいいですよね」
ですよねー。とひとしきり料理や食器の話が続いたところで涼子が「そういえば」と切り出した。
「今度の授業参観、行かれます?」
「あ、22日でしたっけ。行きますよ」
優花が答えると「桃山さん」と涼子がキラリと光る真剣な目を向けた。
「ナマズとウナギって言ったら、私、ひとり思い当たるんです」
「え?」と驚いて訊ねながら授業参観の話は? と内心で首を捻った。
「ナマズとウナギのあのくりくりした目、丸い頭。誰か思い出しません?」
……誰だろう。ナマズ、ウナギ、ヌルヌル、テカテカ? 授業参観……。
すると優花の脳裏にひとりの人物の顔が、小学校校内の風景とともにぼんやりと思い出された。
あれは……去年の運動会。朝礼台の上に立つその人の頭は、たしかにあの日のナマズのように光っていた。まさか。だけどそんな。
「……もしかして」
言うと涼子はゆっくりと頷いて声を潜めた。
「そう。校長先生です」
コモたちが通う小学校の校長。見た目はタヌキだが頭はナマズ。名前は
まさか校長が悪の根源? 優花の驚きの声は店内のオシャレなBGMをかき消すほどだった。
──数日後、とある住宅
温かみのある丸っこい形の表札には、これまた丸っこい書体で『
この家に住む山吹 この
大型スーパーで買える大袋の甘いミニパン。それが最近のこの葉のお気に入りなのだ。
手のひらサイズの丸っこい可愛らしい見た目のそれは、ふわふわとやわらかな噛み心地。鼻から抜けるバターの風味はかなり本格的だ。なんて美味しい食べ物なんだろう。二個だけにしようと決めて皿に出しても、いざ食べ始めるとやっぱりもう一個だけとつい手が伸びる。このパンには魔力がある、とこの葉は本気で思う。
ソファーでひとりこれを食べる時間がこの葉にとってとにかく幸せだった。悩みもなにも吹き飛ぶ。「ああ幸せ」とつい独り言を呟いてしまうほど幸せだった。
ひとつ食べ終えてからおかわりをと手にした袋の中身は残り二個。今からもうひとつ取り出せば残りはひとつになってしまう。でも心配はいらない。たしか冷凍庫にストックがあったはず。確認するため「よっこしょ」と立ち上がりキッチンへ向かうと冷凍庫の重い取っ手を引いた。
「……ありゃ?」
ガサゴソ、探るも目当ての品は出てこない。
「あちゃー。買ってなかったかぁ」
なんたる失態。太い人差し指を額につけて今から買いに行くか否かを思案した。とりあえずソファーに戻って残りのパンを平らげた。ひとつだけ残しても仕方がないので、ひとつ残らず平らげた。ふう。
例のミニパンが買える大型スーパーまでは車で約5分。ママチャリがないわけではないが晴れでも雨でもこの葉にその選択肢はここ数年ない。理由はひとつ。疲れるから。車は便利だ。雨や風にも負けないし、坂道もらくらく。おまけにこどもも一緒に移動できる。なにより速い。タイムイズマネー。できるだけ長く家でごろごろしたいこの葉にとって、外の用をなるべく短く済ませることは必須なのだ。
しかし今日に限ってはすぐにスーパーへ出かけることは出来なかった。なぜなら今日はこれから、年度初の授業参観だったから。こどもたちの担任の先生がどんな人なのか初めて見られる機会。もしかしたら授業始めに先生から挨拶があるかもしれない。それならばのんびりだかミーハーなところのあるこの葉にとって遅刻は厳禁だ。
「あー、むりだ。授業参観、間に合わなくなるや」
舌打ち気味に言うとソファーに戻ってスマホを取り出した。例の大型スーパーのサイトを開くと、迷わず『宅配サービス』をタップ。この葉のようなグータラ主婦は「授業参観の後にスーパーに寄る」という疲労が増すスケジュールを組むなんてことはまずない。
便利な時代に生きれてよかった、とつくづく思う反面、こんな自分で本当にいいのだろうか、と思わないわけでもない。
でもやりたくないんだもん。
だって食べたいんだもん。
あーあ。
はーあ。
そして詰まるところはいつも
「ま、いいや」
適当に化粧を済ませ、適当に見栄えする服に着替えて家からすぐ近くの小学校へと足を向けた。
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