第11話 妙な趣味より身の危険

 ミルキーピンクはあまりに必死で自身の姿のことなどすっかり忘れていたが、名前を呼ばれて途端に激しい恥ずかしさに見舞われた。


 状況が状況とはいえ全身ピンクまみれのこんな姿をまさかそんなに親しくもない娘の同級生のママに見られることになるなんて。


「あ……これは、その、あの」


 なんとか説明したいが当然上手くいかない。いい歳をした一児の母にこんなコスプレの趣味があったなどと思われたくはないし、まさか変なウワサになるのは是非とも避けたい。お願いだから変な目で見ないでください。ただ今日は前回の失敗を踏まえてムダ毛だけは処理してきましたが!


 だが当の涼子はそれも気にはなるがそれよりも、といった様子で「あの怪物はなんなんですか!?」とウナギトンを指さした。当然だ。今はよく知りもしない娘の同級生の母親の妙な趣味のことよりも自らの身の危険に関わる怪物のことを気にするべきだ。


「私に任せてください」


 ミルキーピンクはすっくと立ち上がると凛々しい表情になっていた。そう、ここで活躍しなければ本当にただの『妙な趣味のママ』ということにされてしまいかねない。ここは是が非でも涼子に『ミセス・マジョンヌ・ミルキーピンク』の凄さを知らしめなければならないのだ!


 座り込んだまま呆然とミルキーピンクを見上げる涼子を残し、地を蹴ってウナギトンに再び飛びかかった。


「やあーーーーっ!」


 力任せに斬りかかる。今度は弾かれることはなくバシュン! と切れたがナマズヌスのように一撃で倒すことはやはり出来なかった。切ったそばから傷口がみるみる再生してゆく。


「くっ……」


 地面に降り立つとムカデが助言をしてきた。


「やっぱりひとりじゃ勝てないカサ。『ネイビーブルー』を目覚めさせるんだカサ!」


 そうか。とミルキーピンクは思った。青野さんも仲間にしてしまえばなにもかも丸く収まるんだ、私が妙な趣味のママじゃない説明にもなる!


「わかった。どうしたら目覚めるの?」


 訊ねるとムカデはキョロキョロしながら答えた。


「どこかに……リョーコの鞄があるはずカサ! その鞄の中にある家のカギに付いているキーホルダーカサ。ユメリの手作りなんだカサ。それを掲げて、『ミセス・マジョンヌ・ネイビーブルー!』って叫ぶんだカサ!」


 絶対嫌がるだろうな、と思った。まずそれを実行するように言った時点で涼子はこのミルキーピンクこと優花のことを常識人から外すだろうと予想できた。まあすでにこの外見からして外されている可能性も低くはないが。


 はあ。なんで私ばっかこんな目に? とミルキーピンクは思う。まあ見ず知らずの気色悪いムカデにいきなり「変身しろカサ!」とか言われるよりはそりゃあ多少説得力はあるかもしれないけど。それでもこんなぶっ飛んだことを理解のない相手に伝えるのは至難の業だった。


 あの日のムカデの気持ちが少しだけわかった気がした。ほんの少しだけだがあんな態度をとって悪かったな、とも思った。ほんの少しだけだが。


「青野さん……協力してほしいんです」


「あ! ムカデ!」「え」


 言うのとほぼ同時に涼子は自らの靴を脱いで手に持ちその硬いかかとを振りかぶっていた。「うわちょ、待って」とミルキーピンクとムカデが同時に叫んだ。


 間一髪、踵はムカデの脇を掠めた。ただでさえ尽きそうなムカデの寿命が更にいくらか縮んだ。


「ダ、ダメ、ダメなんです青野さん! このムカデ、仲間なんです」


 ああ、終わった。私はもう青野さんの中で確実に『普通のママ』から外された。とミルキーピンクは内心項垂れる。だけど仕方ない。この場でムカデが殺されてしまってはウナギの倒し方がわからなくなるから。


「桃山さん……大丈夫ですか?」


 この場合のこの質問はムカデに刺されていないかという身体の心配とも取れなくはないがおそらくはそうではない。ということはどこの心配か。そんなの言うまでもないがあえて言うとすればそう、頭だ。頭ダイジョブデスカ? だ。


 ミルキーピンクはもう振り切ることにした。もういい。こうなったら一刻も早く涼子をネイビーブルーに目覚めさせるよりほかない。今のうちに好きなだけ白い目で見ればいい。じきに貴女アナタにもこちらの気持ちが痛いほどにわかることでしょう!


「青野さん、信じられないかもしれませんけど、あなたも変身できるんです。私と一緒に、どうか戦ってくれませんか?」


 こんなにもふざけた『シャルウィー』がこれまでにあっただろうか。果たしてその返事は。


「……え、ごめんなさい、ちょっと」


 皆まで言うな、とミルキーピンクが念じたのが伝わったのか涼子の言葉はそこで途切れた。


 ──「ちょっと何言ってるのかわからないです」


 同じ国に生まれてこんな悲しい返答をもらうなどということが起こってたまるかとミルキーピンクは思う。


 しかし涼子が言葉を切ったのはミルキーピンクのそんな思いが届いたというわけではなかったらしい。


 彼女の視線はあらぬ方向、路上の一点に釘付けになっていた。



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