第10話 青野さん
ミルキーピンクが現場に着くとウナギトンは既に数人を飲み込んだ後だった。太く長い巨体をグネグネと器用にくねらせて建物の間をゆっくりぬめぬめとすり抜けて動く。恐怖に叫び逃げ惑う人々、その様子はまさに地獄。平和なはずの日本の現実としてはちょっと怖すぎた。
あっけなく飲み込まれてゆく人々を前に「え、ええ!? 間に合わなかったの!?」とミルキーピンクは慌てふためいたがヨレヨレのムカデは「まだ大丈夫カサ!」と言う。
「喰われてもすぐには消化吸収されないカサ。すぐに本体を倒せば出てこられるカサ」
「えっ」体内でどうなっているかは想像しないでおくことにした。
ちなみにミルキーピンクの変身シーンは今回は本人の強い希望があって省略しています。ご了承ください。
じり、と幻獣と向き合うと、その間抜けな顔のすぐ下、首元に見覚えのある顔がなんとなく浮かび上がって見えた。
「え……青野さん!?」
間違いない。それはコモのクラスの青野
「ミルキーピンク! あそこに捕えられているのがマジョンヌの仲間だカサ!」
え……なんですって!?
驚きと共に若干の不安も抱いた。なぜなら青野さんこと涼子のことをミルキーピンクこと優花はじつはちょい苦手かもと思っていたからだ。なんとなくギャルっぽいというかヤンキーっぽい感じが小学生の頃に意地悪をしてきたクラスメイトとどうしても重なってしまう。一緒にマジョンヌなんかやれるのか、しかも大勢の中の二人ではなく二人きり。キツくない? え、本音言うとやだなぁ、と内心思うが言ってもいられない。
「どうすればいいの? ムカデ!」
「カーネーションソードで斬れば助け出せるかもしれないカサ!」
「わかった。やってみる!」
とにかく人命救助が第一。恐怖心や邪心を捨ててミルキーピンクは巨大ウナギに飛びかかった。
──しかし。
効かなかった。力いっぱい振った剣はぬめる身体にぶにんと弾かれてしまったのだ。
「どういうこと!?」と叫ぶと、ウナギトンの中からくぐもった涼子の声らしきものが聴こえてきた。
『私たち……本当は合わないんじゃないかな』
言葉と共に黒煙のようなものが空気に混ざって滲み出てくる。それを吸収するとウナギトンの身体は微かに輝いていくらかツヤが増す気がした。どうやらこれが栄養になっているらしい。
『我慢ばかりしてたら、余計老け込むよね』
『バカにされたくない』
『対等でいたいのに』
『私だって、こわいのに』
『老いることも、害虫も』
害虫……? 内容はよくわからないがその心がとても弱っているのはわかった。
「青野さん! しっかりして! 目を覚ましてください!」
とりあえず呼びかけてみるが、返事はない。
『このまま我慢ばかりしてたら、私はきっと病んじゃうよ』
『ステキな服もどんどん似合わなくなる。オバサンになる』
『こわい。こわいよ』
『旦那なんか……』
『旦那なんか……』
こちらの様子はまるで伝わっていないらしい。涼子から黒いものがとめどなく出てくる。それはみるみるウナギトンを輝かせ、残りは辺りに不気味に拡がってゆく。
「ミルキーピンク! こどもの、ユメリのことを話すんだカサ! きっとそれなら通じるカサ!」
「わかった!」
ムカデの助言に大きく頷くと、ミルキーピンクは涼子に向き直った。
「青野さん! 負けないで! 夢莉ちゃんを思い出して! ママがそんな顔してたら、夢莉ちゃんもきっと悲しいよ! 青野さんはいつも元気で笑顔じゃないですか! ねえっ、青野さんっ!」
すると、涼子から出ていた黒いものが止まり、涼子を捕えているウナギトンの皮にピッと亀裂が入った。もう一押しだ、ミルキーピンクはそう思った。
「旦那さんへの不満や鬱憤なんてどこの主婦にもあります! 私にもある! それはきっと誰と結婚してもある。仕方ないの! でも! それでも私たちは頑張るんですよ! それが自分の選んだ人生なんだから! 自分の好きになった、信じた旦那なんだから!」
ミルキーピンクが叫ぶと亀裂にパッと光が差し、そこから涼子がゆっくりにゅるにゅるずるるーん! と出てきたのだった。
出方がちょっと衝撃的すぎて一瞬唖然としたが、ミルキーピンクはすぐに地面に横たわる涼子に駆け寄った。「大丈夫ですか!?」
涼子はうっすらと目を開いてその焦点をやっと合わせると、「あなた……」とミルキーピンクの顔をまじまじと見た。
「桃山さん?」
あ、しまった。と思ったミルキーピンクは桃山 優花 35歳で間違いなかった。
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