台風の目になった少年 後編

「ゲイルとドナは関係ありません! アーサーは私の計画を知った上で見逃してました!」


「うぉおおぉぉい!?」


 なんとアーサーと共犯だったことを明かしたのだ。それを聞いたボブの顔から表情が抜け落ち、その瞳も暗く濁ったものへと変わっていく。またフィリアと衛兵達は冷たい視線を二人へと向け、クレアにある警告をする。


「ギルドには嘘を見抜く装置があります。もし虚偽の申告をしたのならそれに応じて罪が重くなりますよ」


「本当よ! 私が部屋にいた時にコイツ勝手に入ってきたの! その時見られたのよ! 私がボブを手に入れるために呪いの準備してたのを!」


 フィリアがけん制するように真意を見抜く装置のことを漏らしてもクレアは供述をやめない。そして何故ボブを呪ったかを明かした途端、アーサーは一層冷や汗を流した。


「ば、馬鹿っ! どうしてそれをバラすんだよ!! 俺はどうなったっていいのか!!」


「アンタなんかどうなったっていいわ! 勝手に私とボブの間に入ってきて、私を自分のものにしようとした奴なんかね!……アンタはここで私と死ぬのよ!」


「やめろー! 俺を巻き込むなー! 俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ!!」


 何人もの衛兵に取り押さえられてもなおもがくアーサーに冷たい視線が注がれる。呪いを魔物でなく人間にかけるのは重大な違法行為であるが、それを見逃した人間もまた同等の罪にカウントされるからだ。反省する気配のない様子の男を見てフィリアも衛兵もボブ達もゴミを見るような目つきになった。


「お前……いい加減にしろよ、アーサー」


「うるせぇ! ボブの奴が悪いんだ! 役に立たねぇ金食い虫なんか生きてるのが――」


「仲間を金食い虫扱いだなんて……心底幻滅したよ。お前のいいところって顔ぐらいしか無いじゃないか。いやそれでも別にいいけれどな。お前を俺のモノにしたいのは結局変わらないし」


「えっ」


 そんな中、ボブを容赦なくこき下ろすアーサーにゲイルは失望した様子を隠さないが、その言い回しに一同はどこか寒々しいものを覚えた。


「なぁフィリアさん。呪いを扱っている人間を見て見ぬふりしてた奴は基本奴隷堕ちだよな?」


「え、えぇ、まぁ……」


 目に怪しい光を浮かべながら問いかけるゲイルにフィリアも少し引きながら答えると、その答えに満足した様子でゲイルはネットリとした笑みを浮かべる。そして尻の穴をキュッとせばめているアーサーに向けてこう言った。


「じゃあアーサー、俺が来るのを待っててくれ。お前を絶対買い取ってやるから。朝も夜も一緒にいような♡ 何度もイイ声で鳴かせてやる♡」


「イヤぁぁああぁぁぁああぁああぁ!?」


 最悪だった。別の仲間の本性が露わになったのを見てボブは再度絶望の淵に叩き込まれたような気がした。同時に自分が対象になってないことにひどく安堵してもいたが。


「うわー……ロクなのいない。クソッ、仲間選び完全に間違えた。最高の金づるだと思ってたのに」


「うわぁ、ドナがすっごいマトモに見えるぅ……」


 そしてドナもロクでもない奴らに囲まれてたことに気付いて悪態をつくものの、感覚がマヒしたボブにとっては掛け値なしの善人に見えてしまっていた。地獄である。


「ロクでもないって何よ! 私はただ、追放された後でボブを助けて私だけしか見えなくなるようにするだけだったもの!」


「心外だな。俺はただアーサーのケ……顔目当てで入っただけだぞ」


「い、嫌だぁ! こ、こんなところに一秒でも長くいられるかぁ!」


 ドナのつぶやきにクレアとゲイルが反応したせいで一層空気が死ぬ。やはりここは地獄であった。


 そんな中、アーサーは持てる力を発揮して衛兵の拘束を解き、窓から身を乗り出してそのまま逃げおおせてしまう。


「し、しまった! お、追えー! 追うんだー!」


 すぐにフィリアが指示を飛ばして数名の衛兵が向かおうとするも鎧で武装した状態では窓から出るのも厳しく、部屋の出入口から出て追いかけるしかない。とりあえず何人かは指示を受けて追いかけはしたものの、おそらく捕まえることは不可能だろうと彼女は深くため息を吐いた。


「……ともかく主犯格であるクレアは逮捕。他二名もこれより聴取に移ります。夜分遅くに申し訳ありませんでした。ボブさん」


「あ、いえ……」


 深々と頭を下げるフィリアにボブは言葉短かに返事をする。正直追放から今までのやりとりのせいでどっと疲れたため、もう寝たくて仕方なかったのだが、それでもこうして礼儀正しく対応してくれるフィリアに雑な扱いを彼はしたくなかった。


「ボブ! わ、私あなたのことが……好き、好きだったの!」


「どんな理由でも勝手に俺をハメ続けてた奴なんか好きにならねぇよ。とっとと失せろ」


「うわぁあぁあぁん!!」


 なお幼馴染少女相手にはこの上ないぐらい雑かつ容赦のない対応を見舞ったが。泣きじゃくりながら衛兵に連行される彼女を仇か何かを見るような目つきで見送ると、ボブはゲイルに視線を向ける。


「なぁゲイル、俺はその……」


「安心してくれ。お前は対象外だ。顔は悪くないんだが、やはりアーサーだな。救いのないクズでも良心の呵責が働かない分かえってプラスだと思うしな」


「あ、そう……」


 もしや自分も狙われているのではと思いながら尋ねてみるが、特に何の感慨も無い風に答えられた上に未だアーサーの方に軍配が上がっているのを聞いてボブはすごく複雑な心境になった。彼もそのまま衛兵と共に部屋の外へと出ていく。


「あ、ボブ。もし呪いが解けて、そこそこ稼げるパーティーになったなら私を呼んで。ちゃんと金の分は役に立つから」


「あ、うん……絶対声かけないから」


 ドナの方も去り際に声をかけて来たものの、内容が割と終わっている上に自分を未来の金づる候補として見ているのがあけすけだった。が、関わるかどうかは別として他の三人よりマシかと思いながらボブは彼女を見送っていく。


「……ボブさん、元気を出してください」


 心底疲れ切った様子で立ち尽くすボブにフィリアは優しく声をかける。正直もう何も考えたくないとベッドに倒れこみたかったボブに彼女の慈愛に満ちた笑顔はよく効いた。それだけで心が軽くなったような気がしたのだ。


「ありがとう、フィリアさん……オレ、オレもう……」


「その、人生その内いいことありますから。ね?」


 優しい声色でポンと肩に手を置かれ、ボブの両目から涙があふれる。


 信じていた幼馴染が頭が悪めのヤンデレで、頼れる仲間が仲間の顔目当てでついてきただけのヤバい奴だったことが明らかになったショックはやはり大きく、ボブの心に深い傷跡を残していた。


 そんな彼の頭をフィリアは優しくなでながら『大丈夫』、『よく頑張りました』と何度も言って励ました後、あることを持ち掛けた。


「ボブ……さん、よろしかったら後で食事に行きませんか? 私がおごりますから」


「い、いいんですか? その……フィリアさんに悪いかと」


「いいんですよ。将来有望かもしれない冒険者のケアだって職員の役目です。ですからどうか気に病まないで」


 あくまでも仕事の一環だと説明しながらもフィリアの顔から優しげな笑みは消えていない。幼子をあやすように自分をなぐさめてくれるフィリアにちょっと反発したくなったものの、それがボブにとっては心地よいものだった。


「わかり、ました……で、でも半分! 半分は出しますから!」


「あらあら。じゃあボブさんの手持ちじゃ絶対払えないぐらい、いいところを選ばないといけませんね」


「そ、そういうのやめてくださいって!」


 ギルドの職員の人にそこまで気を遣ってもらうのも悪いと思って半額は払うとは言ったものの、それを上手くいなすフィリアに思わずボブは顔を真っ赤にしながら反論する。


(……ありがとう、フィリアさん。オレ、もう少し頑張るよ。呪いを解いて、いーっぱい活躍して、それでいつか恩を返してみせるから)


 自分に優しくしてくれた人のために少年は決意する。たとえ呪いが解けても大した力にならなくとも、それでもやってみせると星空に誓う。


(よし、ショタと合法的に食事をするチャンスゲット。ありがとうございます神様。ボブきゅんかわいい。世界の奇跡。はやくペロペロしたい。あ、でもその前にボブきゅんの心のケアしないと。私だけは絶対にボブきゅんの味方だって全力アピールしなきゃいけないボブきゅんペロペロ)


 ……なおその恩を感じている相手の中身もいなくなった仲間ばりにロクでもなかったりすることをボブは知らない。世の中には知らない方がいいことも多分にあるということだ。


 ……かくしてイホーツの宿屋で起きた騒動はこれでひとまずの終焉を迎える。この後呪いを解いた少年が八面六臂の活躍の末、イホーツの街の危機を何度となく救ったり、専属であった受付嬢といい雰囲気になったり、いい人を演じて彼とつきあい出したギルドの職員と悪くない仲になったり、かつての仲間二人がお散歩♂してるのを目撃する羽目に遭ったりするのはまた別の話。

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パーティーから追放されると思ったら自分以外がいなくなった件 田吾作Bが現れた @tagosakudon

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