パーティーから追放されると思ったら自分以外がいなくなった件

田吾作Bが現れた

台風の目になった少年 前編

「ボブ、お前じゃもう力不足だ。このパーティーから出ていけ」


 数多の冒険者がひしめく街イホーツの宿の一室。夕日も落ちて久しくなったその場所で、少年は自身の所属する冒険者パーティーから爪弾つまはじきにされようとしていた。


「そんな……オレ支援魔法でバフも、回復も、それに荷物運びだってやってるってのに」


 件の爪弾きに遭いそうになった少年の名はボブ。他の仲間がミスリル製の武具やグレイトシルクワームの吐いた糸から作ったローブなどを身に着ける中、麻布で出来た服を身に着けている。その両目の下にくまが浮かんでいるのを除けばどこにでもいそうな十三そこらの幼げな容姿の男の子であった。


 そんなボブは仲間だと思っていた人間達から敵意と憐憫、呆れのこもった幾つもの視線にさらされてしまい、茫然自失になりかけていた。


 彼の所属するパーティーは地を這う竜であるドレイク十数匹の群れや全長8メートル大のゴーレムを相手取って生き残った猛者ばかりであり、そんな中で彼も得意な分野でパーティーの役に立とうとしていた。


「悪いけれどアーサーの言う通りね。今のボブじゃこれからの私達の戦いにはついていけないわ」


 そんな彼をいさめたのは幼馴染の少女のクレアである。クレアは『賢者』という様々な攻撃魔法やバフデバフを扱える魔法に特化した万能職であり、ずっと昔からこのパーティーの中核として機能し続けていた。


 それ故に彼女は彼の実力がどれほどのものかを知っており、彼を心配してここから抜けるよう忠告を促す。


「ボブ、お前が必死になっているのはわかる。だがな、今のお前の強さじゃ何かの拍子にあっさり死ぬぞ。やめておけ。別の道を探すんだ」


 次に声をかけたのは旅の途中で仲間になってくれたゲイルだ。全身をミスリルの鎧で固めた彼はこのパーティーにおけるタンク役を一身に受けており、職業『守護者』の名に恥じない活躍で幾度となくこのパーティーを全滅の危機から守ってきた。


 その彼もボブの支援をよく受けていたのだがクレアから受けるものと比べれば段違いに弱く、『支援師』というバフと回復に長けた職業の割には大した実力ではないと感じていた。自分達との実力が開いていることを考えればいつ自分が守り切れなくなるかもわからないため、彼の身を案じて言ったのである。


「そうね。荷物持ちにしたってクレアがストレージの魔法を使えるし、支援魔法もボブより格段と効果が上。魔力の自然回復量も段違いだから兼任したって問題ないわ……あなたはここから抜けるべきよ」


 目を細めながらキツい物言いをしたのは『弓手』であるドナだ。放った矢は常に狙ったところに当たるという弓の名手であり、彼女もボブから攻撃力や速度が上昇するバフをかけてもらうのはしょっちゅうだった。


 しかしそれもクレアのものと比べれば一目瞭然。会った当初からうだつの上がらない彼に彼女はすぐに見切りをつけていたため、今回アーサーが言及したのにこれ幸いとばかりに乗っかり、容赦のない言葉を浴びせたのである。


「そういう訳だ。お前の代わりに別の人間を入れる。とびっきり優秀な女をな――俺達のパーティーに役立たずはいらないんだよ」


 このパーティーのリーダーを務めるアーサーは改めてボブに無慈悲な宣告をする。


 ボブとクレアが二人旅をしていた頃に彼らに声をかけ、そのまま仲間入りしたはずの彼はその『剣士』としての高い実力からパーティーの舵取りも行うようになっていた。実際彼の存在によってゲイルとドナは加入したと本人も酒の席で述べているぐらいだ。


「い、嫌だ! 何でもする! 何だってするから置いてかないでくれ! お、オレにはクレアがいないと……」


 だがボブはそれでもあきらめきれず、アーサーにすがりつく。彼がこのパーティーに執着するのもクレアに恋心を抱いていたからだ。このままでは彼女と疎遠になってしまうかもしれない。その思いでただ彼はプライドも何も投げ捨てて許しを請う。


「薄汚い手で触ってんじゃねぇぞクソが!」


 しかしそんなボブに向けるアーサーの目はどこまでも冷たかった。彼にとって役に立たない男など不要。強い人間か或いは魅力的な女性以外に興味が無いこの男には弱くてパッとしない同性などただの金食い虫としてしか見てないからだ。


「ぁぐっ!!」


「ったく……いい加減にしろよ。お前な、ここにいる奴らから疎まれてるってわからねぇのか?」


 ボブを蹴飛ばし、彼に心無い言葉をまたしてもぶつける――アーサーはボブが疎まれていると思しき言葉を仲間の一人から聞いていたが故に出て来たのである。そのため一層容赦が無く、ボブが怯えるように仲間を見渡すのを見てて暗い笑みが浮かぶのを止められなかった。


「おいアーサー! いくらなんでもやりすぎだろう! いくら俺がお前を――」


「開けろ! 冒険者ギルドだ!!」


 ゲイルが彼を諫めようとしたその時、いきなり部屋の扉を勢いよく開けて何人もの人間がなだれ込んでいく。唐突な展開にボブだけでなく、この場にいた誰もが思わず目をむいて闖入者の方へと視線を向けた。


「ぎ、ギルドの人間が何だよ! いきなり部屋に押しかけてくるんじゃ――」


「冒険者クレア! 貴様はそこにいるボブ氏に呪いをかけたことに関する疑惑がかかっている! ギルド職員フィリアの名において貴様を拘束する!」


 アーサーが苛立ちを露わにしようとした瞬間、スーツ姿のギルド職員と思しき女から放たれた宣告に多くが目を点にする。そして宣告された少女は顔を真っ青にしてぶるぶると体を震わせていた。


「く、クレア……? ど、どういうこと?」


「ボブさん、貴方の身には非常に巧妙かつ強力な呪いがかけられています。専属の受付から報告が上がりました」


「え、エリスさんから!?」


 信じられないとばかりにボブはスーツ姿の女性ことフィリアに問いかけるものの、彼女はそれにしっかりと答え、下手人だと告げた彼の幼馴染に鋭い視線を向ける。


「う、嘘だ! く、クレアがそんなことするはずが……」


「そ、そうよ! な、何かの間違いよ!」


「既に国お抱えの呪術師、聖職者に鑑定を依頼しました。結果、容疑者クレアの冒険者カードに刻まれた魔力パターンと呪いが一致しており、今回逮捕に踏み切りました」


 それでもなお彼女をかばおうとしたボブであったものの、フィリアから確たる証拠があると告げられたせいでその気力すら根元から折れてしまう。その筋のプロにそうだと言われてしまえば流石にボブも疑う気は起きなかったのだ。


「ボブさんが半年近く前から常に調子が悪いこと、それとステータスが他の方と比べてあまり上がらないこと、また支援魔法も低級のものしか扱えないことは受付嬢エリスほか周囲の聞き取りから判明しております」


「……本当なのか、クレア」


「ち、違っ、違うのよ! そんな、私は……」


 フィリアはボブに聞き取りを行った旨も伝えると、今にも土気色になりそうな顔の少女に彼も疑いの眼差しを向けた。今聞いた話は全て心当たりがあるものしかなかった。


 なにせ今自分がかかっている不調も指摘された辺り、アーサーと出会って一週間ほど経った辺りのまだ低レベルだった頃から続いていたのだから。


「か、カーススピリットの群れと戦ったでしょ! あの時の不調がまだ――」


 しかしクレアはまだ言い訳を続ける。実際に何十ものカーススピリットと戦ったことは事実であり、その際ボブはアーサーとクレアと一緒に多数の呪いを受けていた。それに彼は納得しかかったものの、フィリアがすかさず反論してくる。


「カーススピリットの群れから呪いを受けたにしてもここまで不調が長引くことはあり得ません。これはカーススピリットの呪いに見せかけたクレアの犯行です……何か彼女から不審な行為を受けませんでしたか?」


 その時ボブの頭に浮かんだのは毎晩自分の部屋を訪れていたクレアの姿だった。あの後クレアが解呪のためにと自分の部屋に来ては何かをしていたのだ。


「ぁ……ぁぁ……そん、な……」


「……おい、本当なのか」


 まさかと思ってクレアを見れば、土気色の顔でかすれた声を漏らすばかり。じっと見つめても何も言い返さないままで脂汗を流すばかりであった――これでボブは確信してしまう。は毎晩自分に呪いをかけていたのだと理解し、その瞬間ボブの恋心は粉微塵に砕け散った。


「お前、オレを裏切り続けてたんだな? オレをずっと騙し続けて……」


「そ、そんな……ボブ、私は……」


「それとボブ氏以外のパーティーメンバーも聞き取りを行う。全員が犯行に加わっていた可能性もあるからな」


 裏切られた怒り、そして憎しみがこもったまなざしを向けられたクレアはただ怯えて涙を流すばかり。だがそんな一組の元恋人同士を横にスーツ姿の女性は残ったパーティーの仲間達も容疑があると告げる。途端、アーサー達は震えあがり、一様に首を横に振り出した。


「お、俺は悪くねぇ! 俺は何も悪くねぇんだ! 信じてくれ!」


「さ、流石にそんなのは初耳だ! 俺も知らないぞ!」


「そんなこと言われたって知らないわよ! あぁもう、そんなんだったらとっとと教会に行けって言えば良かった……!」


「話はギルドで聞かせてもらう! 連れていけ!」


 三者三様のうろたえぶりを見せるも、フィリアと一緒に来た衛兵達によって取り押さえられそうになる。その瞬間、今度はクレアの口からとんでもない言葉が飛び出た。


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