第十一幕

 「人間の未来は、お前が……」


 という言葉を最後に、クラムは全く動かなくなってしまった。

 そんな……どうして……どうしてこんなことに…なっちゃうんだよ……

 顔を上げると、そこには、鎖で縛られもがいているウリエースがいた。

 ああ、みんな、力を合わせてウリエースの動きを封じてくれたんだ…あんなになってまで……

 そう考えると、不意に体の奥底から突き上げてくる何かがあった。


 殺意だ。


 静かに、でも激しい怒りと、今にも暴れ出しそうな殺意が今、僕を満たした。永魂宝剣の柄を握り、ウリエースに歩み寄っていく。

 1歩、2歩、3歩……そこで、僕は肩が何者かに引っ張られる感覚があった。振り返ると、ルミネオルだった。ルミネオルは首を振って、


 「ダメだ」


 と一言だけ言った。


 「で、でも……ウリエースは、僕の大切な仲間を……」


 すると、ルミネオルは頷いて、


 「ああ。俺もそれはわかってる。許さないとも思ってるさ。……でも、お前もアイツ自身が言っていたのを覚えているだろ? アイツは前倒された時、『ラスト』という分身を使って復活した、と。お前がまた倒したら、同じ手を使って復活するに違いない」


 落ち着いて思い返してみればそうだった。あの殺気に任せてウリエースを倒していたら、また数百年後の人達が危険に晒されるんだ。ならば、それを防ぐのは……

 剣を鞘に収め、僕はもう一度ウリエースに近づく。


 「……ハッ、惨めだろう?『超新星の厄災』とも呼ばれた俺がこんなザマでな……さあ、斬れよ。その綺麗な魂の剣で」


 ウリエースわざわざが自嘲気味にそう言う。それに対して僕はゆっくりと口を開いた。


 「いや、お前を斬りもしないし、殺しもしない。よく聞いてほしい。僕は、お前をここに封印する」

 「封、印、だと……?」


 ウリエースが目を見開いた……ような気がした。


 「そう。あと、僕達人間と、君達『エネミー』でお互い1つずつ約束をする。僕達人間は自然をこれ以上破壊しない。『エネミー』は人間に一切手を出さない。だから…」

 「ハッ、向こうが俺を一方的に封印しておいて、向こうから約束ごとを押し付けられるとは。人間様もなかなかなものだ…」

 「今は聞けと言っているんだッ!」


 僕が怒鳴ると、ウリエースが息をのむ気配がした。


 「……だから、今からする封印には一つ条件をつける。人間が約束を破った場合、君の封印が外れる。『エネミー』が約束を破った場合、君は消滅する。これでどうだ?」


 ウリエースは少し考えてから、


 「…ふむ、悪くない条件だ……だが、なぜ俺を封印する? もしこの約束をお互いに飲んだとして、わざわざ俺を動けないようにする道理もないんじゃないか? 俺は人間が信じられない質でな。お前がさっき言った条件が組み込まれていないことも考えられるだろう?」


 ウリエースの意見も一理ある。お互い約束を守って何もしなければ、ウリエースを封印する理由なんてないんだ。

 でも、そうするには理由がある。


 「確かに、約束を違えることがなければ、ウリエースを封印する必要はない。でも、それはこっちも同じだ。この封印を使う時、僕は剣と魔力を全て失うことになる。だから、お互いに戦う力を持たなくなる、ということだ。それなら平等だよね?お互いいつでも戦える準備をしておくよりかは、もうすっぱりそれは捨てて、仲良くしよう……と言うのはおかしいかな、でも、睨み合ったりする必要はなくなると思うよ」


 ウリエースはまたしばらく考えた後、


 「……ふん、いいだろう。さっさと始めろ」


 僕は頷き、鞘から剣を抜く。剣を両手で逆手持ちし、思いをこめると、剣が一際強く輝いた。そのまま僕は剣をウリエースごと地面に突き立てた。すると、ウリエースの身体が光り輝いたと思うと、剣に吸い込まれていき、完全に消えたと思うと、文字のようなものが剣の周りを取り巻いた。

 さっき吸収されたウリエースの分身であるラストは剣を突き立てる時に弾き飛ばされるのが見えた。

 長い間別々だったせいか、性質が変わってしまい、合わなくなってしまったんだろう。エネルギーがほぼ枯渇している状態だから、どこかを彷徨う力しか残っていないはずだ。まあ、何かを依代にしても悪さはしないと思う。

 すると、周りの景色が歪んでいき、また元のサバンナへ戻った。太陽はとっくに昇っていて、今は昼頃らしい。




 封印の作業が終わり、振り返ると、ルミネオル達の身体が光り輝いているのがわかった。ルミネオルは微笑んで、


 「……時間みたいだな。楽しかったぜ、お前と戦えて」


 と言った。プリザームは、


 「あまりいいところは見せられなかったかもしれませんが、お役に立てたと思っています」


 トルプとレイデルは、


 「ルーグスタ、強かったよねぇ!」

 「そうだねぇ! 一緒に戦えてよかったねぇ!」


 レスニオグは、


 「フン、別にお前との別れが辛いわけではないからな!」


 フェレオラドは、


 「はっはっは! お前との短いひととき、飽きなかったぞ!」


 最後に、ゲルタルス。


 「あなたと会えて……本当に良かった。あなたがあの時私に会いに来てくれなかったら、自分の力を十分に振るえなかったと思う。本当に感謝してる。もし、私達がいなくなっても、私達のことを忘れないでね。最後に……」


 ゲルタルスは、僕の方に歩み寄り、両手を僕の顔にそえると、僕の唇に彼女の唇を重ねた。少しだけ離れて、


 「ルーグスタ、あなたのことが大好きよ」


 とだけ言った。それを優しい目で見守っていたルミネオルが、


 「じゃ、俺達はもういくよ。今までありがとう。お前遠は強い。何よりも強い。お前達が真の『戦士バトラー』だ。それじゃ、じゃあな」


 と言い残し、みんなの身体が一層強く輝いたと思うと、それぞれの剣は一つの光の球となって、地面に刺さっている永魂宝剣へと向かっていった。

 光の球が剣と同化すると、光の柱が空へ伸びていき、上空で分裂すると、7つの光に分裂し、遠いところまで飛んで行った。

 全ての工程が終わり、静寂が訪れると、僕は深い深いため息をついた。僕はここまで来るのに色んなものを失った。

 いつもの日常、両親、僕の大切な剣達、そして、僕のかけがえのない仲間…それらが僕の心にぽっかりと穴を開ける。

 僕はこれからどうすればいいんだろう……

 僕は世界のために戦った三人の英雄の亡骸を振り返った。少しでも彼らを弔ってやろうと近づくと……


 「……?」


 よく見ると、レミの周りに光の粒子が舞っているのが見えた。それはだんだん渦を巻くと、レミに吸い込まれていった。


 すると、レミの腹部に空いた穴がみるみる塞がっていき、服も元に戻った。

 レミがゆっくりと瞼を開ける。


 「レミっ!?」

 「…ルー、グスタ……?」


 一体、何が起こっているんだ!?


 超高速で思考を巡らせた僕の脳裏にとある記憶が閃いた。

 確か、レミは『私が小さい頃、怪我をした時は、すぐに治った』って言っていたな…まさか、致命傷になるようなダメージを受けても一瞬で回復するなんて…

 とりあえず、レミが生きているだけでも良かった……


 「……なんで、私なの」


 というか細い声が聞こえてきて、僕はレミの方を向いた。


 「なんで、私だけなの? なんで、私を選んだ!? なんで!? ユリバーはっ! ……」


 と、レミはユリバーに縋って泣き始めた。僕も押し黙ってそこにいるしかなかった……




 しばらくすると、レミが静かに立ち上がった。


 「……帰ろう」


 僕は頷き、ユリバーとクラムに向き直った。


 「ひとまず、この2人を弔ってやらないと」


 遺品をいくつか回収し、2人を近くに生えている木の近くに埋め、手を合わせる。

 レミは跪いたままユリバーの帽子をもう一度強く抱きしめると、立ち上がって僕に手を差し出す。僕は無言で手を握り返した。


 「『スワップ』、『テレポート』。クテレマイスへ」


 僕の視界が一瞬真っ暗になり、また光を取り戻した。そこには、僕の見慣れている光景が広がっていた。

 クテレマイスは変わらずたくさんの人々で賑わっていて、まるで何も知らなかったかのようだ。まあ、実際何も知らないんだけど。


 「あ、おーい! ルーグスタ!」


 数週間も経っていないのに妙に懐かしい声が聞こえてくる。振り向くと、僕のクラスメイトだった。

 そういえば、教育所、どうしよう……何日も無断欠席していたから絶対何かある……

 と考えているうちに、クラスメイトが走ってきていた。


 「お前、ずっと来てなかったけど、どうしたんだよ? クラムもユリバーもいないしよ……お前ら、何があったんだ?」


 僕は黙り込むしかなかった。「数日間『エネミー』と戦っていて、ユリバーとクラムは『エネミー』にやられた」なんて言っても信じてもらえるわけが無い。


 「……あの2人は、長い旅に出ると言ってた。僕はその見送りに行ってただけだよ。連絡しなかったのはごめん。先生にも事情を伝えに行かなきゃ」


 クラスメイトは肩を落として、


 「なんだよ……そんなら俺たちにも先に言えっての。てか、お前見ないうちに大人っぽくなってないか?」


 と、僕をジロジロ見ながらそんなことを言った。


 「え? そんなことないけど…」


 とは言っておいたものの、自分でも確かにそうかもしれない、と思った。この旅の中でいろんなことが起こった。それを通して、大人になっていったのかもしれない。


 「ふーん、そっか。……あれ?」


 クラスメイトの視線は、僕からその隣にいるレミに移った。


 「この子、誰? 彼女?」


 という言葉を聞いて、僕達が手を繋いだままということを思い出した。僕とレミは急激に顔を真っ赤にして手を離した。


 「そ、そんなんじゃないっす! ただ色々あって知り合っただけっす!」


 あまりの動揺から思わず敬語口調になる。


 「も……もちろん。私とルーグスタはそんな関係じゃない。私はユリバーだけを……」


 と言いかけたところで、さらに顔を赤くして口元をユリバーの帽子で隠した。


 「ふふ〜ん、ま、いいや。とりあえず、ルーグスタもちゃんと帰ってきたし、新しい子も増えたことだし、今日はパーティーだな! じゃ、今日はレイモンドの家に集合だ!」


 と言って走っていってしまった。


 クラスメイトが去った後、僕とレミは顔を見合わせて苦笑いした。


 「……この後、どうする?」


 正面に顔を向け直してレミが僕に問いかける。


 「僕は自然保護の取り組みをするよ。まあ、今はまだ難しいだろうけどね。レミは?」

 「私もそれに協力する。私には時間がたくさんあるから、きっとルーグスタの目標も達成できると思う」


 そうだ、レミには寿命がないんだ。今は僕と同じくらいの見た目だけど、僕の数十倍も生きているんだ。


 「……そっか。未来の人達も、平和に生きているかな」

 「うん……もしも、私が未来で『エネミー』と戦うとしても、そうじゃなくても、私はラスト様を忘れることはしない。もちろん、あなたも。そして、みんなも」


 僕は頷いて、空を見上げた。太陽はもう傾きかけていて、僕達をオレンジ色に染める。

 ウリエース、君が成し遂げられなかった未来を僕らは達成するよ。誰しもが不平等にならない世界を作ってみせる。

僕はそう空に誓った。

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