第十幕

 私は、生まれてから今まで誰かを好きになったことはなかった。

 ラスト様は……何というか、好きというよりかは尊敬している感じだったし、私が到底好きになれるほどの立場ではなかったと私は自覚している。

 私はラスト様に付いていくことに決めてから、人とまともに接したことがなかった。多分、それが原因の大半だと思う。

 でも、ルーグスタ達と出会って、一度だけ対立したけれど、一緒にいたことで少しは変わった気がする。

 元々ラスト様から『戦士バトラー』3人の監視、観察と情報提供が命じられていた。

 私はラスト様から命じられた任務を遂行するため、なるべく3人から目を離さないようにしていた。でも、ラスト様に用済みな3人を倒せ、と命じられた時、ラスト様からの命令にも関わらず、私は少し躊躇ってしまった。

 3人が生半可な気持ちで人間を守ろうとしているわけではないこと、みんなが仲間達のことをとてもよく考えていることを知ってしまったからだ。

 でも、ラスト様の命令に逆らうことは考えられない。だから私は敵として3人の前に立った。

 本当は、あそこで私は殺されてもおかしくないと思った。ずっと仲間のふりをして、挙げ句の果てに裏切るなんてことをしたからだ。

 それなのに、3人は極力私を殺さないように努力していた。

 私がラスト様を失った時も、見捨てないで守ってくれた。

 私が特に心惹かれたのは、ユリバーだった。

 どんな境遇でも、全てを受け止め、逃げなかった。だから、私が3人を裏切っても彼は私を許してくれて、その後も私を受け入れてくれたんだと思う。

 彼に全ての攻撃を完全に受け止める『キャンセル』の適性があったのは、そんな彼の生き方が関係していたのかもしれない。もし、この戦いが終わったら、彼と……

 って、こんな時に何を考えているんだ私は!

 はぁ……ユリバーとずっといたせいで性格まで写ってしまったのか……後でちゃんと責任を取ってもらわなければ。

 と、そんな他愛もないことを考えながら私は最後の戦いへと身を投じるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「うおおお!」


 僕と剣達は3体の龍とこれまでにない激闘を繰り広げていた。

 尻尾攻撃を避け、ブレスをゲルタルスとプリザームで勢いを殺して、その隙に僕と残りの剣で確実にダメージを食らわせていく。

 でも、流石の龍の鱗だ。なかなか硬くてダメージを通らせるには工夫と純粋な力が必要だった。


 「グゴアアアアアアアオオ!!!」


 傷が蓄積したのか、さらにプロミネイラが暴れ始める。

 よし、ここで永魂宝剣の力を見せてやろう!


 「斬り裂く! 『グリッターソウル•エッジ』!!」


 元の剣よりも長さが伸びた実体を伴わないが鋭い魂の刃はプロミネイラの胴体と翼を深々と斬り裂いた。


 「ガアアアアアアア……」


 力を失ったようにプロミネイラが高度を落とし、地面に墜ちると、そのまま動かなくなった。


 「続けて食らいなさい! 『ファウルト•オブ•スペース』!」


 ゲルタルスの空間ごと斬り分ける一閃が、テンベスダラの首を抵抗することができないまま切り落とした。


 「最後はアイツだけだ!」


 ルミネオルが超絶龍ゼラザルガを指す。


 「今まで貯めてきたエネルギーを今解放する時です! 『バースト•プリズム•レイ』!!」


 プリザームの剣先から眩しいほどのビームが発せられる。その膨大なエネルギーはゼラザルガを飲み込むと思われた……けど、


 「「「えっ?」」」


 ゼラザルガが同じ魔法を放った!? しかもそれはプリザームの魔法がそれによってかき消えても止まらず、僕達のところに向かってくる。


 「まずいっ、避けて!」


 皆が今いる場所から退避する。そのエネルギーの奔流はさっきまで僕達のいたところを勢いよく通り過ぎ、地面を抉った。


 「どういうこと……?」


 「どうやら、アイツは相手が使った魔法をそれ以上の威力で使う能力を持っているらしいな」


 レスニオグからとんでもない事実を告げられる。

 ウソでしょ……そんなこと、あり得ていいの……?


 「それじゃこっちの攻撃が通らないよぉ!」

 「そうだよぉ! 勝てないよぉ〜」


 うーん、どうすれば…


 「ねえ、ゼラザルガは魔法を撃ち返すって言っていたよね。じゃあ直接攻撃なら通るんじゃない?」


 そうか! 通常攻撃なら反撃される心配もない! これならいける!


 「ありがとうゲルタルス! よし、じゃあそれで行こう!」


 「「「おお!」」」


 3人がウリエースを引き付けてくれている間にアイツを倒す!

 僕達は最後の龍に挑むのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 オレ達はウリエース相手にこれまでにないほど大苦戦していた。

 黒いビームや魔弾、直接攻撃などラストと攻撃パターンは似ているけど、速さと威力が比にならない。


 「ぐっ……避けと防御に精一杯で攻撃できない……」


 3人がかりですらウリエースは焦りを見せないどころか余裕そうな表情をしている。


 「おやおや? お友達を助けに格好良さそうな登場をしておいてこの程度か? これならさっきの剣士一人と戦った方が楽しかったぞ?」


 剣士、というのはルーグスタのことだな。

 つまり、オレ達はルーグスタの足元にも及ばないってことか……無力感がオレを苛む。


 「俺達の役目は時間稼ぎだからな。つまらないと思うがもうちょっと付き合ってくれよ!」


 クラムが『フレアシュート』を放つ。ウリエースはそれを片手でいとも簡単に受け止めてしまった。


 「なるほどな。お前達の目的はわかった。ならば早く片付けて本題に入るとしよう!」


 ウリエースがいくつもの陣を描く。その一つ一つに夥しい量の魔力が蓄積されていく。

 その魔力はみるみる球の形をとっていくと思うと……

 一気に放出された。


 「絶対に止めてみせる!『キャンセル』!!」


 オレは一歩前に踏み出して、全てを破壊し尽くし得るビームを打ち消そうとした。その時、


 「させるかよ」


 と、遠くにいたはずのウリエースがオレの目の前に現れたと思うと、ウリエースの手刀がオレの腹を貫いた。


 「ぁがっ…ご….おっ……」


 その衝撃は「痛み」という一言で表せるようなものじゃなかった。悲鳴を上げることも涙を流すことも許されないままオレはその場に倒れた。


 「ユリバー!!」


 レミがオレの方に走ってくるのが見えた。

 何してるんだ……ビーム攻撃が来ているというのに……

 すると、レミもウリエースに腹を貫かれたのが見えた。クラムも同じくだ。

 あ、ああ……

 これで、終わりなのか……

 意識が遠のく……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ふっ!」


 尻尾攻撃を避け、そこで生じたほんの一瞬の隙をついて胴体を剣で斬る。攻撃魔法を封じられた状態での戦闘ほどキツイものはない…と言いたいけど、そういえば大体の戦闘が攻撃魔法をほぼ使っていないんだった。

 すると突然、ゼラザルガが力を溜める体勢に入った。


 「何かが来る! 気をつけて!」


 一旦攻めるのをやめ、次なる攻撃に備えて距離を取る。


 「ゴオオオオオオオオオ!!」


 雄叫びを上げたゼラザルガが何かを吐き出した。あれは……火炎流弾?


 「おい……あれ、勝手にこっちに向かってくるぞ!」


 確かに。一つ一つが生き物のように軌道を変えるとこっちに向かってくる。

 ……って冷静に分析してる場合じゃない! とにかくあれをどうにかしないと!

 それぞれが自分に向かってくる炎弾を斬り落としていく。

 でも、数が多すぎる!


 「みんな、炎弾が私に向かうようにしてみて!」


 「……? わかった!」

 炎弾を誘導し、まとまったところを一気にゲルタルスの方へ向かう。全員がそうしたところで、ゲルタルスが剣を構えた。


 「『トランスポートゲート•ジェネレート』!!!」


 ゲルタルスが剣を思い切り振り下ろす。すると、空間がざっくりと切れ、別の場所へとつながる門ができた。

 流石に炎弾も急に曲がったり止まったりすることはできないらしく、門に吸い込まれるように次々と入っていく。

 全ての炎弾が門に消えていった後、門が閉じ、まるで何事もなかったかのように元に戻った。


 「やっぱやるじゃん! ゲルタルス」


 ルミネオルがゲルタルスの肩をポンポンと叩く。


 「心を許してない人が気安く触らないで」


 とゲルタルスがルミネオルの腕を払い除けると、ルミネオルは肩をすくめて、

「なんだよ。俺がお前を認めてるんだぞ? しかも、ルーグスタには心許しっぱなしじゃん?」


 と茶化すと、ゲルタルスは顔を真っ赤にして、


 「う、うるさい! 次そんなこと言ったら、あんたを空間ごと叩き斬るからねっ!」


 と言って、ルミネオルをばしばし叩いた。それをみんなが苦笑しながら見ていたけど、苛立ったような咆哮で僕達は現実に引き戻された。


 「あともう少しだ! 一気に攻めるぞ!」

 「「「おお!」」」


 どこかの神話で見たようなケンタウロスの姿をしたレスニオグが鬨(とき)の声を上げる。みんなもそれに続いて応える。

 『フェレント』を最大出力で使い、ゼラザルガに迫る。ゼラザルガも対抗して雷攻撃をしてくるが、ひらりと身を回転させて避ける。


 「「「おおおおおおお!」」」


 僕達は、一つの大きな刃となってゼラザルガを一閃した。


 「ガアアアアアアアァァァ……」


 ゼラザルガも他の二体の龍と同じく墜落した。


 「……やったな」

 「うん……そうだね」


 さっきまで勝てないと思っていたドラゴンも、僕達の絆の力のおかげで倒すことができた。あとはウリエースだけだ!


 「早くユリバー達のところへ向かおう!」

 「ああ!」


 みんなも頷く。


 「みんな、ごめん! 遅くなった…って、え……?」

 「お、おい…マジかよ……」

 「うそ……」


 そこで、僕達はとんでもないものを見た。ユリバー、レミ、クラムの腹部に穴が空いていたんだ。


 「そんなっ、ユリバー! クラム! レミ!」


 僕はかつてないほどの速さでみんなのところに駆け寄っていくのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ま…まだ……ここで終わるわけにはいかない……

 意識を失う寸前、俺は強くそう念じた。

 その時、


 「あーあ、たった一撃でやられちゃうなんて、まだまだだねぇ」


 という声がした。ハッと目を開ける。

 気づくと、俺はとある空間にいた。腹に穴は……空いていない。横を見ると、レミとユリバーもいた。

 そして、二人の目線の先には、とある少女がいた。

 ここは花畑だった。ここは平原だったはずじゃ……

 と、少女が口を開いた。


 「私はフィナーラ。みんなはフィナと呼んでいるよ。短い間になると思うけど、よろしくね、レミ、ユリバー、クラム」

 「な……なんでオレ達のことを知っているんだ!?」


 驚きの硬直から立ち直ったらしいユリバーがフィナーラ、フィナに問いかける。


 「だって私は、『戦士バトラー』だから。それと、私の姓はベイタ……まあ、結婚したあとの話だけど。つまり私はクラム、君のの先祖なんだ」

 「「「ええええええっ!?」」」


 俺達は二重の意味で顎が外れるほど驚いた。

 フィナが『戦士バトラー』であって俺の先祖!? 全く話がつかめない。


 「君達、あの子と友達だよね? ルミネオル……鍛治師アランが打った、最高傑作の使い手。アランは私の仲間だったんだよ。ジョーク好きで、いつも楽しい人だった。仲間達から金床戦士アンビルマンと呼ばれるようになるくらい彼は鍛治師と戦士の仕事をやり切ったんだ」


 ああ、数百年前の鍛治師って、その人だったのか。あれ? でも……


 「君は、どうして俺達に話しかけられるんだ? その話が本当なら、君はもう生きていないはずだぞ?」


 俺がそう問うと、フィナは肩をすくめて、


 「一応私は君のご先祖様だよ? もうちょっと敬ってくれても良いんじゃないかな……まあ、いいけど。私が今君達に話しかけることができている理由…それは、私が私の子孫達に私の記憶、私についての世界の記憶を潜ませていたからだよ」

 「世界の……記憶? そんなのを潜ませることなんてできるのか!?」


 俺がフィナに食い下がって問う。


 「まあまあ、聞いてよ。私達はウリエースを倒したんだけど、いつか必ず復活すると私は確信してたんだ。だから、何か異変がないか監視をするために、世界の記憶……はちょっと言い過ぎだったかな。自分にまつわる情報を少し残しておいたんだ」


 フィナが話を続ける。


 「そして、そこから数百年経った今、ウリエースの復活の前兆を感じた私の情報は、最大限まで活性化することによってこうやって表に出てきたわけなの。ついでに言っておくけど、君の一族が『おまじない』という名前で天気を少しだけ変えることができたのは、私のお陰だからね? あ、レミは知らないかもしれないけど、君達をエルの洞窟に連れていくよう仕向けたのも私だから、そこは謝っておくね。ごめんなさい」


 と、フィナは頭を下げた。


 「い、いいよ。謝らなくて。じゃあ、ここは……?」

 「ここは、クラムの夢の中だよ。クラムを基点にして、ユリバーとレミに話しかけてる。っと、そろそろ本題に入らないとやばいかもね」


 と、フィナは表情を改めてから、


 「今、君達は死にかけてる。この会話はほぼ一瞬のことだから、ここでの時間の進みは気にしなくていいけど、このままでは間違いなく死ぬ」

 「ど、どうにかならないの!?」


 レミがフィナに詰めかかる。


 「お、落ち着いて! ……残念だけど、君達を救う方法は…ない。本当に…本当に、ごめん!」


 そんな……俺達はそのまま死んじゃうっていうのかよ……


 「それでも、君達に力を貸すことはできる。10秒だけあれば、今の状況を打開できるかもしれない」

 「どうやって……?」

 「『退魔の呪縛』。これを使って、ウリエースの動きをほぼ永久的にも止める」

 「それをするのに、俺達の力が必要なのか?」


 フィナは頷いて、


 「うん。これは、ウリエースを確実に倒すために私達が開発した魔法で、ウリエースの魔力を利用してさらに呪縛を強化する、という仕組みだよ。ウリエースの力の断片を持つレミの力があれば、この魔法を使うことができる」


 と説明した。

 レミはしばらく押し黙っていたが、小さい声で、


 「……わかった」


 と言った。


 「じゃあ、君達に力を供給する。10秒でやってね。じゃあ、よーい、スタート」

 俺の意識が引き戻される……


 「……うおおおおおお!」


 残されているありったけの力を振り絞って俺は立ち上がった。もう痛みも何も感じない。でも、俺は俺ができるだけのことをやり切る。


 「まだ立ち上がるか……まあいい、もうそろそろつまらなくなってきたところだ。終わらせてやろう」


 ウリエースが俺達に向かって手のひらを向ける。その手にエネルギーが集中するが、臆せずに突き進む。そして、唱える。


 「「「『ラスト•バインド』!!!」」」

 「な……その魔法は!!」


 闇色の鎖がウリエースを縛る。ウリエースがいくらもがこうと、魔力で引きちぎろうとしても、鎖はびくともしない。逆にさらに鎖が丈夫になっているように見える。


 「ぐっ…やはりか……俺の魔力を吸い取って鎖が強くなっている……お前…どこでそれを……」


 俺に残された時間は少ない。血を吐きながらできるだけ手早く答える。


 「これは……お前の、宿敵……俺の先祖の魔法だ……俺の先祖の記憶が俺に残されていたから、使えたんだ。後は……ルーグスタに、任せるぞ……」


 そこまで言い切ったところで、俺は身体中から全ての力が抜けたような感覚がして、その場に倒れ込んだ。


 「ユリバー! クラム! レミ!」


 遠くからルーグスタの声が聞こえてくる……ああ、ルーグスタ、やったんだな。あの龍を倒したのか。


 「大丈夫か! ……っ、どうにか、どうにかならないのか!?」


 いいんだ。俺達は俺達のできることをやった。

 後は頼んだぞ、ルーグスタ……人間の未来は、お前に……

 ここで、俺の意識は完全に途切れた。

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