第九幕

 何だあれ!?

 僕はいきなり現れたドラゴン達にただ驚くしかなかった。


 〈アイツら…物凄い力を感じるぞ……〉


 ルミネオルが気圧されているのがわかる。


 〈今の私達じゃ到底倒せない……〉


 ゲルタルスが現実を突きつけてくる。

 そんな…くそっ、どうすれば……


 〈来ます!〉


 ドラゴンのうち身体中が焔に包まれた一体が突進してくる。

 フェレオラド!


 〈おうよ! 『ドラグーンストライク』!〉


 初めて僕と戦った時とは段違いの炎と光を発しながらドラゴンを迎え撃つ。僕も『ルール』の力を集中させ、フェレオラドを後押しする。


 〈おおおおっ……!〉


 二つの力は均衡しているように見えた……が、


 〈!? ぬぅぅぅっ、ぐおお!〉


 フェレオラドはアッサリと弾き飛ばされてしまった。

 大丈夫!?

 フェレオラドを『ルール』で引き戻す。


 〈ああ、すまぬ。くっ、まさかこれほどとは……〉

 「くくく……どうだ? 俺の可愛い龍達は。『太陽龍 プロミネイラ』、『嵐龍 テンベスダラ』、そして『超絶龍 ゼラザルガ』。お前達はこいつらを倒すことができるかな?」


 三体のドラゴンが雄叫びを上げる。すると、そこかしこで焔の渦が荒れ狂い、雷鳴が響く。


 両端のドラゴンが見た目からどういう龍かはわかった。けど、真ん中の、『超絶龍ゼラザルガ』っていうのがどういう能力を持ったドラゴンなのかがよくわからない……

 とにかく、戦ってみなきゃ何も始まらない! この間にもユリバー達は『エネミー』から世界を守ってくれているんだ!


 〈そう来なくっちゃな、相棒!〉


 よし、行こう!


 〈〈〈〈〈〈〈おお!!〉〉〉〉〉〉〉


 僕達はドラゴン達に立ち向かっていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はあ、はあ……」

 「くそっ、倒しても倒しても湧いてくるじゃねぇか……こんなん、どうすりゃいいんだよ……」


 クラムがそうぼやく。

 私とユリバー、クラムの攻撃によって、『エネミー』どもが次々と薙ぎ倒されていく。それでも『エネミー』は減るどころかそれを上回ろうかというほどに増えていく。

 そんなこんなで、私達は、もうかれこれ30分ほど戦闘を継続している。

 今までいろんな戦いを経験してきて、こんなに長くなったのはこれが初めてかもしれない。

 もう、体力も残り少ない。私達がやられてしまうのも時間の問題だろう。


 「このままじゃ、いつかオレ達は倒れてしまう…ルーグスタが帰ってくるまで負ける訳にはいかないのに……」


 私達の魔力にも限界はある。この状況が続けば、こちらの魔力が切れるのも時間の問題。いくらラスト様の力を授かった自分でも、こんな量の『エネミー』を相手にしていては持たない。

 『エネミー』が炎でできたブレスを吐いてくる。それを避け、お返しの『ファイア•シュート』。


 「!? 、このっ」


 いきなり飛びかかってきた『エネミー』が私に組み付く。『エネミー』だけあって筋力はそれなりにある。こんなに密着されていると魔法の発動ができない……


 『エネミー』を引き剥がすのに苦労していると、いきなり左側からものすごい衝撃が私を襲った。

 私の体が『エネミー』ごと吹き飛び、地面を転がった。


 「っ…はっ……」


 息ができない。口から生暖かく金臭い液体が流れ落ちる感覚がした。

 肺がやられたかと思ったけど、息ができないのはただ衝撃が強すぎたからだったらしい。左腕から胸にかけて服ごと深く裂かれているけど、内臓までは至ってない。

 それでも、衝撃は凄まじい物だった。そのまま動けないでいると、のし、のしという音と共にさっきの攻撃の主らしき『エネミー』が歩いてくる。そのままその『エネミー』は私の髪を掴み上げ、私を持ち上げた。


 「うっ……」


 ふしゅー、とその『エネミー』の鼻息が聞こえてくる。私を掴んでいないもう片方の手を私を両断せんとばかりに持ち上げた。

 今にも殺されそうな状況なのに私の心は穏やかだった。

 多分……前にも同じことがあったからだと思う。


 ーーー私、セレミスは森を開拓したところに住んでいた。

 私のお父さんは木を切って畑を作る仕事をしていて、お母さんは仕事場でお父さんと同じような労働者に給仕をしていた。

 百年前くらいのその日も、毎日のように両親を見送ったあと、近くに住んでいる友達のところへ遊びに行った。




 夕方までひとしきり遊び回った後、家に帰っても、お父さんとお母さんの姿はなかった。違和感を覚えて、仕事場に行ってみると……

 仕事をしているみんなが、死んでいた。そしてそこには、得体の知れない生き物がいた。

 その生き物は、私に気がつくと、涎を垂らし、私の方にゆっくり歩いてきた。私は完全に足がすくんで、動けなかった。

 生き物が髪の毛を掴んで私を持ち上げる。大きな口を開けて私を飲み込もうとした…その時、いきなり浮遊感に襲われて、思わず目を開けると、真っ黒な人影が私を抱えて空を飛んでいた。




 しばらく進んで、地面に着地すると、いきなりその人影がしゃべったのだ。


 「なかなか、お前は見どころがあるな。どうだ、俺様と共に世界の頂点を目指さないか?」


 これが、私とラスト様が出会った時だ。私はラスト様から直接魔力を受け取り、その代わり、私はとある時点を境に歳を取らなくなった。ーーー


 ……もう、百年以上も生きた。しかも、私がずっと信じていたラスト様もいなくなった。

 もうこの世界に未練はない。これで、良いんだ……

 目を閉じて、自分の運命を受け止める……その時、百年以上の間、聞き慣れた声がしてきた。


 「俺様はここにいるぞ!」


 はっと目を開ける。そこには、私を真っ二つにするはずだった『エネミー』の腕を掴む黒い腕があった。


 「……ふんっ!」


 ラスト様は手刀で私を掴んでいる腕ともう片方の腕を切り落とす。


 「ウリエースに吸収される直前に俺様の一部をお前に忍ばせておいた! だが、やはりほんの一部……後魔法を一発かますくらいしかできない…その一撃で決めるぞ!」


 私がラスト様に頷く。すると、ラスト様は私に微笑みかけて、その後すぐに真顔に戻り、


 「実はな……俺様は元々ウリエースの分身体だったんだ」


 と言った。


 「そんな……それでも、ラスト様はラスト様です!」

 「ああ、ありがとう。だがな、ウリエースに吸収されかけた時、俺様は気付いたんだ。ウリエースは、世界を征服したいんじゃなくて、自分達の住処を取り戻したい、と。それなのに、俺様は本来の目的を忘れて、お前を振り回し続けてしまった。こんな状況でなんだが、すまなかったな。最後の最後で、責任を取らせてくれ」

 「いいえ。私はラスト様と居て、自分の本当の居場所を見つけることができました。あなたがいなければ、私は何の存在にもなれないまま朽ち果てていたでしょう。私はラスト様と一緒にいられることができて、幸せ……いいえ、とても楽しかったです」


 私はかぶりを振って、そう答えた。


 「そうか……よし、じゃあ、いくぞ」

 「はい」


 私とラスト様は『エネミー』の群れに向き直る。向こうでは、クラムとユリバーが戦ってくれていた。


 「2人とも、『エネミー』を一箇所に集めて!」


 2人にそう呼びかける。


 「? ……分かった」


 クラムと私と『エネミー』の魔法をユリバーが反射していき、『エネミー』一箇所に誘導する。みるみるうちに、『エネミー』がある特定の場所に集まっていく。そこの真上に、ラストが飛んでいく。


 「さあ、この一撃を喰らえ! 『ラスト•アルマゲドン』!!」


 それは純粋な『破壊』だった。

 円形の陣のようなものが集まった『エネミー』の周囲に現れる。最後に『エネミー』共の頭上に大きな陣が現れると、周囲の陣から眩しすぎるほどの光線が一斉に放たれ、『エネミー』を焼き尽くした。

 そのまま光線は上の陣に向かい、空に直撃する。すると、今まで赤かった空がガラスが割れるように砕け散り、上空には青空が広がっていた。

 私はラスト様の魔法を食い入るように見ていた。

 これが……ラスト様のお力……

 超巨大魔法を行使し終えたラスト様はゆっくりと降下し、私の前で着地した。


 「さて、と。俺様の役目はここまでだ。あとはアイツ……ルーグスタがやってくれるだろう。セレミス、……いや、ここではレミだな。忘れるなよ、俺様はこれで消えるが、いつかまた戻ってくる。またどこかで会おう」


 と言って、ラスト様はだんだん薄くなっていくと、粒子になって消えてしまった。




 『エネミー』が全て消え、平らになったサバンナで、ユリバーとクラムが走ってくる。


 「今のあれ……ラストか?」

 「ああ。魔力からしてそうだった。レミ、お前がラストを呼び出したのか?アイツはウリエースに吸収されたんだろ?」


 私は首を振って、


 「いいえ。ラスト様は吸収される直前、私の中に一部を潜ませていた。そして、今にも殺されそうだった私を助けてくれた…その後、ラスト様は私に言ったの。『いつかまた戻ってくる』、って……」


 いつも私に笑いかけてくれたラスト様。暴走して森を壊す『エネミー』を倒すために一緒に戦ったラスト様。失敗しても『また次がある』と励ましてくれたラスト様。弱かった私をずっと見守ってくれたラスト様……

 それら全てが私の記憶から溢れ出し、私の目からも涙が溢れ出てきた。


 「いつか……会えるさ」


 ユリバーの手が私の肩に乗せられた。


 「ああ。次は友達としてな」


 クラムが私に微笑みかける。


 「うん……また3人でラスト様に会おう。そのためには…」


 私の考えがわかったかのように、私達はルーグスタが消えていった空を見上げた。


 「お前は……ルーグスタのいる所に行けるか?」


 私はクラムの問いに頷いた。


 「『空』の魔法で行けなくもない……けど、場所が場所だから……」


 ううんと3人が首を捻る。


 「そういえば、ウリエースは沢山の『エネミー』を召喚した時、どこから呼び出したんだ?」


 はたとユリバーが気づいたようにそう呟いた。


 「確か、さっきラストと戦った時、『エネミー』は『ネクスト•ディメンション』から出てくる、って言ってた……まさか!?」


 一つの考えが稲妻のように私の脳内を貫いた。


 「そこにルーグスタがいるかもしれない……そういうことだな」


 私の考えをクラムが代わりに言う。


 「もし、ウリエースが『ネクスト•ディメンション』へと続く門を自由に開けるなら、あんなにたくさん『エネミー』を呼び出したなら、どこかに門が残っているはずじゃないか?」


 「確かに、ユリバーの言う通り。でも、本当に門が残っているのか、もしあったとしてもどこにあるのか分からない」

 「じゃ、手分けして探そうぜ」


 クラムの提案に私とユリバーが頷く。探しに行こうとした所で……


 「あ、あれは?」


 私が指を指した方を皆が見る。そこには、うっすらと、でも確かに空間が揺らいでいる所があった。


 「あれか?」

 「あれだな……」

 「簡単に見つかった……」


 こんなにアッサリと見つかるとは思わなかった……


 「でも、まだこれが使えるかどうかもわからないし、これを使ったところで本当にルーグスタのところに行けるかわからないよ」

 「やってみるしかないよ」


 ユリバーの一声に、私とクラムははっと気づいた。


 「ルーグスタは一つの考えが浮かんだ時、真っ先に行動に移した。もしそれが失敗に終わっても、色々工夫して何とかしてきたはずだ」

 「そうだな」


 クラムがユリバーに同意し、私が頷く。


 「よし…じゃあやってみよう。これを……」


 私が空間の揺らぎに魔力を流す。


 「『空』。ルーグスタのところへ」


 いきなりゴオッという音がして、異次元へと繋がる『門』が出来上がった。真っ黒な穴は私達を誘う。


 「行こう」

 「よし」

 「オーケーだ!」


 私達は『門』に飛び込んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 勝てない。

 僕がここまでの戦闘で分かったことだった。


 「クックック……最初は人間を守る、と威勢よく豪語していたのに、このザマか?」


 ドラゴン3体を伴ってウリエースが嘲笑する。


 「………」


 僕はルミネオルを地面に突き立てて体を支えながら片膝立ちをしているのが精一杯だった。


 「まあ、そこらのか弱い人間共よりはマシだと思うがな。敵とはいえ楽しかったぞ。やれ、お前達」


 相対する者を塵も残さず焼き消す太陽龍プロミネイラと、止むことのない風の怒りを体現する嵐龍テンベスダラが並び、エネルギーを溜める。


 〈させないっ!〉

 〈うおお!〉


 ゲルタルスとレスニオグが二体のドラゴンに向かって飛び立つ。


 「ダメだ!」


 僕が忠告した時はもう遅く、剣達はまるで虫でも払うかのようにドラゴンの尾に払われてしまった。


 〈いやあっ!〉

 〈ぐうっ!?〉


 弾き飛ばされた剣をありったけの力で引き戻す。ドラゴンがまたエネルギーを溜め始める。


 〈……仕方がない。もう最終手段を使うしかないみたいだ〉


 最終手段? 手元のルミネオルに問いかける。


 〈ああ。俺達の魂の繋がりを解放して更なる力を得る。だが、これが最終手段な理由があってな……〉


 それは?


 〈それを使うと、剣に込められていた魂が消滅する〉


 な、なんだって!? そんなこと、できないよ!


 〈分かってるさ。俺達がここまで積み上げてきたものを失うわけなんだ。だけどよ、お前も人間を守るって決めただろ?ならそれ相応の覚悟を決めなくちゃならない。そうだよな? 相棒〉


 僕は歯を食い縛り、頷いた。

 分かった……じゃあ、やろう。


 〈よし、その意気だ! みんな、集まれ! アレをやるぞ!〉

 〈本当ですか……いいでしょう〉

 〈ルーグスタ……分かったよ。あなたがその決断をしたのなら〉

 〈ハッハッハ! ついにこの時が来るとは〉

 〈私はいつでもいいよ!〉

 〈私もOKだよ!〉

 〈フン、もっと早くに決断していれば良かったものを〉


 と、斬剣ルミネオル、三稜剣プリザーム、開門剣ゲルタルス、龍剣フェレオラド、聖剣トルプレイデル、魔剣レスニオグが集まる。


 〈お前がラストの力を追い出した時のこと、覚えてるか? アレと同じだ。『アストラル•リリース』〉


 ルミネオルが魔法名を言う。僕もそれに続いた。


 「『アストラル•リリース』」


 すると、僕の身体が光り輝き、その光は様々な色になって別れた後、それぞれの剣へと向かう。

 光が剣にたどり着いた時、光は人の形をとった。さらに、僕の前にも光が現れ、それはだんだん剣を模ると、一振りの剣になった。


 「ハッ、何をやったか知らないが、もう遅い。お前達はここで果てる運命なのだ。やれ」


 エネルギーを最大まで溜めたドラゴンが一斉にブレスを吐く。すかさずルミネオルとゲルタルス、プリザームが飛び出し、ブレスに迎え撃つ。


 「「「おおおおおっ!!!」」」


 2つのブレスと、3本の剣がせめぎ合う。ブレスはだんだんと勢いを失ったかと思うと、いつか消えてしまった。


 「す、すごい……」


 「だろ?やっぱりこっちの方が馴染むな。動きやすいぜ」


 ルミネオルが腕を上げたり下げたりする。


 「で、あと、この剣なんだけど……」


 と僕の手の中にある剣を掲げながら尋ねてみると、


 「ああ、それか? それは永魂宝剣アルヘランだ。コイツは魂をそのまま力に換える剣だ。普通のヤツが使うとそのまま魂が力尽きて死ぬが、お前なら大丈夫だ」


 「分かった……よし、みんな、行こう!」


 僕がアルヘランを掲げて声を上げる。


 「「「おお!!」」」


 みんなもそれに応える。


 「ぬぬぬ…忌々しい……お前も加勢しろ! ゼラザルガ!」


 今まで何もしてこなかったドラゴン、超絶龍ゼラザルガが雄叫びを上げて2体のドラゴンと並ぶ。ここからが本番だ。

 でも、さらに不利な状況に陥ったにも関わらず、勝てるように思えてきた。それはただの錯覚かもしれない。けど、ここにいる剣達との絆はどんなことがあっても切れることはない。


 双方が動き出そうとした瞬間、


 「俺達を忘れるなよ!」


 という声が聞こえてきた。


 「あれは!?」


 振り返ると、別の場所で戦っていたはずの3人がいた。


 「どうして!? どうやってここまで来たの!?」

 「話は後だ! まずはあのデカいのを倒そうぜ!」


 あ、そうだった! 僕はドラゴン達に向き直る。その向こうでは、ウリエースが爆発寸前な様子で僕達を見下ろしていた。


 「ぐぬぬ…面倒なのが増えたな……ということは全滅したということか…腹立たしい……お前達、新しく増えた奴らもやってしまえ!」


 今度こそドラゴンが向かってくる。


 「来るぞ!」


 ここからが正念場だ。僕達は絶対に負けるわけにはいかない。

 僕達は向かってくるドラゴン達をまっすぐ見据えた。

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