7 シュリーノフォート

「キリナ! あとどんくらいかかる?!」


 結界でキリナを守り、敵を薙ぎ倒しながら、ミーティオルは吠えるように言った。


「あと五秒もかかりませんよ……はい、分かりました」


 スキラー・クレスミーの本部を隠している覆いの正体を、呪具の付属品であるスコープで確認したキリナは、


「妖精の力を利用してますね。精霊より弱いので楽です」


 スコープの焦点を合わせ直し、その長銃型の呪具を構え直す。


「ミーティオルさん、大丈夫です」


 キリナのそれを合図に、ミーティオルが結界を解くと、キリナはすかさず引き金を引いた。

 瞬間、覆いは破られ、木々が消え、巨大な建造物が現れる。


「こいつか!」


 ミーティオルは、力を使って波をかき分けるようにスキラー・クレスミーを薙ぎ倒しながら、建物に向かって走る。


「そうでしょうね!」


 いつもの銃に持ち替えたキリナが、敵に応戦しながら答え、


「ミーティア、先に行くぞ」


 アニモストレたちは最小限の戦闘のみで、敵の間をすり抜けていく。

 少数にここまで押されて、しかも、突如として司令塔を失ったスキラー・クレスミーの連携は、一瞬、乱れた。

 その隙をついたミーティオルは建物に接近し、出入り口らしき場所は敵が多いと判断して、壁を突き破り、建物内に突入する。

 攻撃を薙ぎ払い、壁や天井を突き破ってニナの気配を強く感じる場所へ、最短ルートで進んでいくと、


「?!」


 本格的に防戦態勢を形作り始めたスキラー・クレスミーが、突然、糸が切れた人形のように倒れた。

 ミーティオルたちは瞬間、防御の姿勢を取る。


「気絶してますね。全く起きる気配がない」


 即座に切り替えたキリナが、倒れた数人を強めに蹴って、それを確認していく。


「敵側の気配が薄まったな。全員、気絶したのか?」


 ミーティオルの問いかけに、


「らしいな。先に行く」


 ミーティオルの進んでいた方向で見当を付けたのか、アニモストレが文字通り、ミーティオルの進み方で先鋒となる。偵察部隊六名も、それについて行く。


「……」


 ニナの気配が移動しだしたことを理解したミーティオルは、なるべく気配を消し、オオカミ姿になる。そして、足音も殺して、ニナのもとへ向かった。


 ◇


「スキラー・クレスミーとやらも無効化した。あとはどうする?」


 精霊さんに、


「捕まってるみんなを助け出して下さい! 首輪を外して、ドアとか檻とかの鍵を開けて、もう大丈夫って教えてあげて!」


 言い終えたら、自分の首輪が、バキャン! て壊れて落ちた。サロッピスの首輪も取れた。

 そして、頭の中に、また混声合唱みたいに声が響く。


【スキラー・クレスミーに囚われていた者たちよ、戸惑わずに聴くと良い。我々は精霊である。そなたらと同じく、スキラー・クレスミーに囚われていた人間の少女、ニナが、我々精霊を喚び出した。我々はニナの願いを受け、囚われていたそなたらを解放した。スキラー・クレスミーも無効化してある。帰る場所、行くべき場所、この地から遠くへと願う者は申し出よ。そこへ導こう】


 精霊さんたち、丁寧なのは有り難いけど、なんか、なんかあの、規模がすげぇことになってない?


「流石ニナだ! 神の子よ!」


 サロッピスがめっちゃ興奮してる……。


「ニナ!」

「アエラキル?!」


 アエラキルが部屋に飛び込んできた?!


「どうしたの?! スキラー・クレスミーの残党とか居た?!」

「違う! ニナ! 帰れるんだろ?! ミーティオル様の所に! その前に連れ出さなきゃならないお方がいる!」


 アエラキルはオオカミ姿になると、


「ニナ! 乗って! ミーティオル様の大切なお方なんだ!」


 もう、どゆこと?!

 ええい! 考える時間が惜しい! アエラキルは変なこと言わないもん! そのまま従うのみだ!


「乗るね! 重くてごめん!」


 断わってから、アエラキルの背中に乗る。


「ニナくらいへっちゃら!」


 アエラキルはそう言って、風のように走り出す。


「我もついて行くぞ!」

「我々も行こう。望みはまだありそうだしな」


 サロッピスと精霊さんたちがついて来てくれる。頼もしい……!

 ……うわぁ、スキラー・クレスミーの奴らがバタバタ倒れてる……。


「ここ! この中!」


 アエラキルは、前にベルズが『お気に入りを仕舞ってる、保管庫の一つよ』と言っていた部屋の前に、自転車がスライドブレーキをかけるみたいにして止まった。


「あれ?! 鍵開いてない?!」


 アエラキルから下りて、部屋に入ろうとしたけど、ドアノブはガチャガチャ言うだけ。


「開け!」


 開いた! 神様ありがとう!


「アエラキル! その人どこ?!」


 動いてる影とか見当たらないんだけど!


「この辺! 青っぽく見えるグレーの毛皮を探して!」


 はい?!

 引き出しを、その鍵を壊しながら開けるアエラキルの言葉に、動きが止まった。


「え? え? 生きてる人じゃなくて? 遺品的な?」

「そう! ──居た!」


 アエラキルが引き出しから、大きな声とは裏腹にそっと取り出したそれ。

 ……オオカミの、毛皮。顔から尻尾までちゃんとある。


「そ、その方は、ミーティオルと、どのような……?」

「このお方は「ニナ!」──!」

「ミーティオル?!」


 開けっ放しだったドアから、ミーティオルが部屋に入って来て。


「……アエラキル……? ……その、毛並み……まさか……」


 振り向いたアエラキルにすっごい驚いて、手にしてる毛皮を見て、顔を歪める。

 アエラキルは膝をついて、毛皮をミーティオルに差し出した。


「はい。シュリーノフォート様です」


 アエラキルが、泣きそうな声で言う。


「だよな……母様……」


 ミーティオルは項垂れて、諦めたように息を吐いた。


「ミーティオルさん、速いですね」


 そこに、キリナもやって来たけど。

 こっちはそれどころじゃない。

 ミーティオルのお母さん? その人が?

 ってことは、ベルズ、ミーティオルのお母さんをこんなふうにしたワケ?

 ……マジ、許さん。


 ◇


 ミーティオルが、追いかけてこない。 

 それに気付いたアニモストレは、即座にミーティオルの気配を探る。

 少しして見つけた気配は、全く別の方向へ向かっていた。


「チッ」


 アニモストレはオオカミ姿になって、仲間と共にそれを追いかける。

 ミーティオルの動きが止まり、後続のキリナも足を止めたらしい。

 アニモストレはその場に、ニナの気配もすると感知し、囚われていたのか他のライカンスロープの気配まで察知して、


「……好機」


 呟くと、その場へ急ぐ。

 そうして、到着したそこで、唖然とした。


「……アエラキル……?」


 なぜ。まだ生きていたのか。

 それに、ミーティオルに渡しているその毛皮は。


「シュリーノフォート様……?」


 ◇


 自分が十歳になる年、母は目の前で地面に吸い込まれた。

 皆で必死に捜索したが、結局見つけられなかった。

 父は、母を深く愛していて、その母との絆である自分や兄弟たちのことも、愛してくれていた。

 自分や兄弟たちが病に倒れて、自分だけが生き残ってしまっても、父と母は、


「助かってくれて良かった」


 そう、言ってくれた。

 なろうとしてなった訳じゃなかったが、次期族長の立場を確定させてしまって、死んでしまった兄弟たちのためにも。愛してくれる父と母のためにも。

 頑張ろうと思って、努力していた。

 その母が、目の前で消えたのだ。

 父は、胸の内では深く悲しんでいるようだったが、この異常事態に族長として弱さを見せてはならないと、己を律しているようだった。

 自分も、それを、父の姿を見て、困惑や後悔ばかりしているんじゃないと、父の仕事を手伝った。

 その、二年後。十二歳の時。

 里は人間の強襲を受け、何十名もの死傷者や行方不明者を出した。行方不明者の一人が、アニモストレの従姉妹のアエラキルだった。

 そして、それがスキラー・クレスミーの仕業だと判明すると、里の皆は、行方不明者は死んだも同然だと諦めた。諦めるしか、道がなかった。

 そして、スキラー・クレスミーへの憎悪、そこから人間全体への憎悪を強くしていった集団が、人間撲滅派。

 逆に、スキラー・クレスミーの恐ろしさを痛感して、これ以上平和を乱したくないという者たちは、大人しくしていろと、人間撲滅派と敵対するようになる。

 二つは激突し、自分は、


「仲間内で争うなんて、本末転倒だ」


 と、諍いを止めようとしたが。

 上手くいかないどころか、双方の怒りを買う結果となり、里を追放された。

 彷徨って、死にかけて。ニナと出会って、助けられて。

 今、こうして生きている。



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